第34話 手合わせ

 そういえばと思って、道場の隅にいた女性二人の方を見てみる。二人はじっとこちらの方を見ている…いや、いつの間にか草壁さんが二人の後ろに立っていた。一昨日に引き続き一体彼女は何の用があってここに来ているんだろうか?距離があるので聞こえないが、草壁さんが二人に何かを話している。余計な情報が広まらない事を祈るしかない。


 二人に基本動作を終えるころには、全体での素振りも終わっていた。昔と変わっていないのであれば次は打ち返しという稽古で、二人一組で打ちと受けを繰り返す。慣れていないと受けきれずに実際に当たってしまう危険があるので、二人には見学しておいてもらう。まぁ多分この二人の事なので、当たるわけも無ければ一度見ればすぐに動きも覚えてしまうだろう。


 打ち返しが終われば型の練習だ。これも先日僕がやって見せた一本目だけしか見ていない二人には見学してもらう。型は五本目まである。まずは一人でやる型を三本目まで行って、次に二人組で残り二本を練習した。最後にまた素振りと突き素振りをして稽古は終了だ。時間にすると1時間ちょっとで終わってしまうので、他の武道やスポーツに比べれば稽古時間は短いかもしれない。最後の素振りにはトキネさんとダニエルも加わって全員で行った。


 これで稽古は終わりかと思えば今日は少し違っていた。師範代の提案で琢磨君とトキネさんが手合わせをすることになった。まぁ最初からそれが師範代の狙いであることは、金曜日の話で分かっていたが、トキネさんの方は剣道ではなく素手で他流試合という形になった。


 二人以外は立ち合い役の師範代を中央に残して、全員道場の壁際に下がる。両端に立った琢磨君とトキネさんは場への一礼をした後、少し進んで相互の礼をする。剣道の様にそんきょをすることなく、一定の間合いをとって構えた。琢磨君は中段の構えで、対するトキネさんは両腕の肘を曲げて前方に構えをとっている。


 しばらく二人のにらみ合いが続く。道場内で物音をたてる人はいない。今まで気が付かなかったが外ではセミがうるさく鳴いている。それはわずか数秒くらいだったかもしれないが、ひどく長く感じられた。


 先に仕掛けたのはトキネさんだった。予備動作無く前方に上半身が動いていく。先日師範代との手合わせでも見せた、縮地という足さばきだ。あっという間に二人の間合いは詰まるかと思えば、琢磨君も同時に同様の動きで前方へ移動していた。二人の体はすれ違ってお互いの後方へと進んでいく。そうしてまたすぐに振り返り、先ほどとは立ち位置が逆なものの、全く同じような間合いを取る形となった。


 するとそこでトキネさんは構えを解いてしまった。そうして数歩後ろに下がって一礼をした。


「合気ですね」僕の横にいた草壁さんが呟く。

「合気ってなんですか?」僕らの前方に正座していた黒髪の少女が問いかけてくる。

それに答えたのはダニエルだった。


「合気とは古武術においては、相手の気を読んで合わせるという考え方です。日本には合気道という武術もあるでしょう?」

「でも小佐波さんの動きに合わせられるなんて、やっぱりあの茂木君は普通じゃないですね」草壁さんがダニエルに続いてそう言った。


「でもなんで手合わせを途中でやめちゃったんですかね」僕の声が届いたわけでも無さそうだが、一礼したトキネさんはその場で琢磨君に向かって

「確かに合気と縮地は素晴らしいけども、殺気どころか覇気も全く感じられない。今はこれ以上やっても仕方ないでしょう」そう言い残して僕たちの方へ歩いてきた。


「縮地ってなんですか?」黒髪の少女は再び聞いてくる。これには草壁さんが答えた。

「縮地というのは、古武術における足さばきです。書いて字の如く相手との間合いを一気に詰める技です」

「草壁さんは武術にお詳しいんですね?」もう一人の派手目な少女がそう言った。

「文部科学省はスポーツや武術の監督官庁ですからね」草壁さんはそう言って笑みを浮かべた。

「茂木先輩は凄いんですか?私には良く分からないんですが…」少女がそう草壁さんに聞き返すともう一人の方の少女が

「祥子には分からないかもしれないけど、今の動きはやばいよ」と言った。

 派手目な少女はちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。青春とはいいものだ。


 トキネさんは僕たちの方へ歩み寄ると

「草壁さん、あなたの目的は彼なんですね」と言った。僕にはよく分からなかったが、彼女の目的はどうも琢磨君絡みらしい。


 その後また全員で整列して着座し、礼をして稽古は終わった。


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