第22話 ハオランVS猫娘

 今日の最後の戦いが始まった。先ほどは静まり返っていた会場もヒートアップしている。トキネさんがあれだけの動きを見せた後なのに、賭けレートは二人ともにほぼ同率だ。ハオランという男はよほど強いらしい。トキネさんは猫マスクこそ外していないものの、先ほどとは違ってお茶らけたムードは一切なかった。


 二人が間合いを空けてそれぞれが構えると、開始のブザー音が会場に鳴り響いた。ブザー音の中トキネさんは大きく息を吸ってゆっくりと吐く。そうしてもう一度息を吸ってから

「かぁ~!!」と声を出しながらまた息を吐いた。


「息吹ですね」僕の横でダニエルが呟く。僕ら4人は、少しでも近くで見ようと、VIP室を出て闘技場のフェンス横まで移動していた。向かい側には先ほどトキネさんと闘ったマーリンの姿も見える。


「息吹ってなんですか?」例の如く僕が聞くとイリヤが答えてくれた。

「空手の息吹が有名ですが、呼吸によって腹圧を上げ、血流を促進して筋肉を締める効果があるとされていマス」


 そこからトキネさんの怒涛の攻撃が始まった。縮地で間合いを詰めると右手刀を繰り出す。上から振り下ろすのではなく前に突き出す感じだ。ハオランがそれを避けると、トキネさんは今度は左手で掌底突きをする。ハオランはそれも難なく避けた。トキネさんが自ら放った攻撃が連続して躱されるところは初めて見たかもしれない。


 トキネさんとハオランは闘技場中央で、間合いを開けて睨み合っている。

「受けるでもなくここまで見事に躱されたのは久々ですね。なるほど、ただものでは無さそうだ」トキネさんはそう言ってから、先ほどのマーリンとの戦いでも見せたように、連続した縮地で四方八方に体を動かし始める。ハオランとの間合いが詰まったところで左右の掌底と手刀を次々に繰り出していく。ハオランは次々と躱していくが、時には手を使って受け流してもいる。二人の動きはあまりに早すぎて僕の目ではもう追いかけられない。会場は水をうったような静けさだ。トキネさんの動きは無音で、時たまハオランがトキネさんの攻撃を受けたときに出る音だけが響き渡る。程なくしてトキネさんの攻撃がやんだ。


「あの動き…やはりハオランとかいう男は私の知っている人間です。名前を変えているから気が付かなかった」草壁さんが意外な事を言い出した。


「もしそうだとすれば、その能力は我々が思考加速と呼んでいるものです」草壁さんの我々という表現がひっかかったが、僕は黙って聞くことにした。

「通常人間は外部の情報を五感を使ってキャッチしては、脳で解析して自分の行動に繋げます。思考加速は情報が入ってから脳が指令を出すまでの時間を限りなく短縮します。それは人体が脳に信号を送らずに筋肉を動かす、反射という現象と同等の速さです。これは厄介な相手ですね」


 二人の動きが止まったところで、トキネさんは懐から古い日本手ぬぐいを取り出した。三船邸でダニエル、イリヤと対峙した時に出したたものと同じだ。それを猫マスクの上から頭に巻いて縛る。猫耳が巻いた手ぬぐいから飛び出しているのであまりかっこよくはない。

「殺すんじゃなかったんですか?」ハオランはトキネさんを挑発する。


「確かに避けるのは上手みたいですね。でも全部躱せているかと言えばそうでもない」あれだけの動きをした後なのに、トキネさんが息ひとつ乱していないことにハオランは気が付いていなかった。


 そうしてトキネさんの構えが変わった。前に構えた両腕は手刀ではなく拳を握っている。拳はただ握っているわけではなく、人差し指と中指が若干前にせり出している。先ほどとは違ってトキネさんは一直線にハオランに向かって進み出た。それと同時に右腕を伸ばして急所を拳で突きに行った。ハオランはそれを横に動いて躱すが、そこでトキネさんの前に出ていた右足の膝から下が、ハオランが避けた方に向かって放たれる。僕が初めて見たトキネさんの蹴り技だった。


 ハオランは両手のひらでその蹴りを受けたが、手のひらごと蹴りはハオランのみぞおちに食い込んだ。ハオランの呼吸が一瞬止まった。好機を逃さずトキネさんは動きの止まったハオランの喉ぼとけに向かって拳で突きを入れる。たまらず体勢を崩したところで、トキネさんは今度は金的に蹴りを入れた。容赦がない。たまらずハオランが前かがみになったところで、今度は頭を押さえて顎部分に膝蹴りを入れる。


「ゴキャッ」という音と共に、ハオランの口から出た血しぶきがあたり一面に飛び散る。

「それなら参ったもかけられないでしょう」そう言ってから、トキネさんは今度はハオランの後ろにまわって首を締め上げた。二人はそのまま床に倒れ込む。倒れてもトキネさんは腕を解こうとはしない。

「駄目だ、本当に殺す気だ!!」僕は闘技場の扉を開けて中に飛び込んだ。

「止めてくださいトキネさん。ハオランは参ったをしている」そう、ハオランは意識が飛ぶ前に床を叩いて参ったの意思表示をしていた。


 トキネさんはそこでやっとハオランの首から腕を解いて立ち上がった。

「あら、口と喉は潰したのに床に倒れ込んだのは下手打ちましたね」そういって『テヘッ』とおどけて見せた。


 程なくして担架で運ばれていくハオランに向かってトキネさんは

「あとでさっきの部屋に話をしに行くので待っててくださいね。逃げたら今度こそ殺します」と、声を掛けた。


トキネさん流石に僕もひいてます。

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