闇カジノ
第16話 闘技場
闇カジノは人里離れた結構な山奥にあった。広大な敷地には太陽光発電のパネルが並び、その中央に駐車場と、一見巨大倉庫に見えるような建物があった。
闇カジノと言えばもっと街中にあって退廃した感じかと思ったが、今はそうでもないらしい。確かに会社勤務もリモートで済む時代だ。直接の臨場感を求める人間以外はネットでアクセスすれば事足りるのかもしれない。しかし人里離れた場所とは言っても、これだけ大々的にやっていれば、日本の行政機関や警察組織も気づいてないという事は無いだろう。きっと裏側で大きな力や金が動いているのだろう。本当に世の中にはまだまだ知らないことが多い。
トキネさんと僕と草壁さんの三人は顔バレの可能性もあるので、マスクとサングラスをかけてダニエル、イリヤに同行した。僕は三船氏から拝借したブラックスーツを着て、女性二人にはなぜかサイズの合うナイトドレスを米戸さんが用意してくれていた。車に乗り込む前にドレスに着替えた二人を見た自分の鼻の下は随分と伸びていた事だろう。ドレスはウエスト部分がくびれているので、二人のスタイルの良さがもろに出る。アメリカ人であるダニエルとイリヤはそれを見て『ヒュー』と口笛を吹いていた。そんなリアクションは映画の中だけの話だと思っていた。
駐車場に囲まれた大きな倉庫のような建物は、中に入ると外観からは想像できないきらびやかさだった。天井は高く鉄骨の梁はむき出しだ。大きなファンが上でたくさんまわっている。更に天井からたくさんの照明器具がぶら下がっているが、明るすぎるという事もなく程よい暗さは保っている。
時間はまだ日が沈むかどうかという頃であるのに、そこには大勢の紳士淑女が集まっていた。この人たちはきっと5時の定時までキッチリ働く人たちではないんだろうなと思った。それは外の駐車場に停めてある高級車の山を見たときから予想していた。日本の賃金は諸外国に比べてここ30年ぐらいは伸び悩んでいるとの事だが、それは賃金という雇われている側の尺度であって、持っている人は持ってるのだろう。 こんなところで富めるものと貧しいもの、日本の二極化を実感することになるとは誠に悲しい限りだ。
闘技場はその闇カジノの中央部分にあった。大きさはボクシングやプロレスのリングに比べればかなり大きい。円形だが、面積にすれば2倍くらいはあるだろう。ぐるりと高さ3m程度の金網で囲まれていて、場外乱闘の心配はなさそうだ。そのリングの中央部上部には天井から吊るされた大型モニターが四方に向かって配置されている。金網の外側は立見席になっていて、さらに外側にフロアから3m程度上がった中二階の様な形で個室上の観覧席が広がっている。金網上部には数台のカメラが設置されたレールも見える。きっと遠隔操作で撮影され、中央のモニターに映し出される他、ネットを通じて配信もされているのだろう。
係の人間に案内されて闘技場の方に移動すると、我々には先ほど見た中二階のVIPルームがひとつ用意されていた。我々は大会への参加者であると同時に、大切なアメリカからのゲストという事なのだろう。先ほどからマスクやサングラスをとるような指示を受けはしなかったし、身分証の提示も必要なかった。最もそれはダニエルとイリヤの顔が割れているおかげだとは思う。
他の人間がテーブルを囲んで座り、ウェルカムドリンクを飲んでいる間にパウダールーム兼用の水まわりに入ってトキネさんは着替えて出てきた。当然いで立ちは先だってイリヤから贈られた深紅の柔道着だ。戦う時にサングラスというわけにはいかないので、これもまたなぜか三船氏が用意していたマスクを顔に被っている。
「豊水のヤツふざけやがって…」トキネさんはブツブツ文句を言っているが、それにはちょっと納得してしまった。マスクのデザインが可愛すぎる。完全に機能とは関係ない猫耳がついて、鼻は正面こそは隠れているものの、下は開いていてそのまま口付近は丸々オープンだ。昔見たアニメの女親分みたいなデザインをしている。これはちょっとその気になれば人気が出るんじゃないかと思うキャッチーさだった。
着替え終わったトキネさんも一旦席についた後、組織の部外者でありカジノ客でもない我々には簡単にルールが説明された。今晩の大会トーナメント出場者は首領であるハオランを除けば全部で4人。ゲストである我々から一名と、他二人は今月の定期トーナメントの勝者、もう一人は香港の上部組織四合会からのゲスト参加だそうだ。
トーナメント方式で戦って勝ち上がった者が最後にハオランと戦う事になる。素手であれば特に反則は無いという。急所攻撃も許されている。ギブアップするか一方が戦闘不能になるまで戦いは続けられるという事で、ラウンドの概念や時間制限もないとの事だった。
トキネさんからの質問は一つだけだった。
「殺してもいいのかしら?」彼女が言うと僕には冗談に聞こえない。
それはなるべくやめてくださいと答えた従業員らしき人物はちょっと笑っていたが、もうちょっと強く言ってくれないと困ったことになりますよと、僕は喉まで出かかってやめておいた。
聞いた話では女性の出場者はこれが初めてとのことで、特にハンデなどを想定していないがいいのかと念を押されていた。僕は『どっちに?』と横から突っ込みを入れたくなるのを再び懸命に堪えた。
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