第14話 アメリカから来た男達(その4)
ここがきっとダイニングなのだろう。部屋の中央には一度に10人以上が座れそうな、大きなテーブルが置いてある。全員席に着くと、米戸さんが全員にお茶を入れてくれた。コーヒーや紅茶ではない。日本茶だ。お茶うけには和菓子が一つずつ小皿にのせて配膳された。イリヤは皿ごと手に持って物珍しそうに和菓子を眺めている。
「それで、喜田議員が死んだ日に、あなたたちはあの場所で何をしてたのかしら?」相変わらずトキネさんの質問は直球だ。まぁ世間話をする雰囲気でもないのだが…。
「私が経営する会社は喜田議員を金銭的に支援していました。それは私の事業に投資をして頂いている方の意向によるものです」ダニエルが話を始めた。
「ソロスの事なら知ってるから、隠す必要はないですよ。ああ、あと百人委員会もね。吉森大臣の唱えるIT大学構想を邪魔したくて、政敵の喜田議員に資金提供してたんでしょう」トキネさんが言う。
「それは確かにその通りです。ただ百人委員会は違法行為を嫌います。吉森大臣を威嚇するために喜田議員が動いたという情報は私たちも掴みました。しかし襲撃は完全に違法行為です。あの日はなぜあそこまでしたのかを直接本人に聞きに行ったんです。もし喜田議員の指示で吉森大臣が負傷したのであれば、支援は打ち切らなければならないでしょう」そう言うとダニエルはお茶を一口飲んだ。
「で、喜田議員はなんと答えたんですか?」そう聞いたのは草壁さんだった。
「自分が依頼したのは銃を使って大臣を脅す事だけだったと言ってました。喜田議員は我々以外からも非合法な金銭支援を受けていて、それを吉森大臣に知られてしまったとの事でした」ダニエルは答えた。
「吉森はそのことについては、特に公開するつもりは無いって言ってたんですけどね」草壁さんが言った。
「脅すというか、私たちと違って喜田議員に金銭支援をしている組織は非合法な行為も厭わないので、大臣が情報を公開すればその組織の方が黙っていない。あなたの身も危険ですよという警告の意味だったようです」ダニエルはそう言ってから目の前にある日本茶を飲んだ。飲んでから動きが止まった。
「…これは、おいしいですね。深みがあって初めて飲む味だ」ダニエルはテーブルに湯呑を戻して中に入っているお茶をのぞき込んだ。
「分かりますか。それは気仙茶と言って、日本でのお茶栽培では北限に近いところのものです。市場には殆ど出回っていません」三船氏が自慢げに話す。
「結局、吉森大臣は喜田議員の依頼とは別の事で本当に撃たれてしまったという事ですね」僕もなんとなく事態が呑み込めてきた。
「喜田議員は、あれは組織からの大臣ではなく自分に対しての脅迫行為だろうと言ってました」ダニエルが言った。
「喜田議員の襲撃依頼に便乗して、誰かが逆に喜田議員を脅して言う事をきかせようとしたって事ですか…」草壁さんが言った。
「喜田議員と言えばカジノ構想推進派なので、そちらの利権関係でしょうね。吉森大臣を襲撃して見せたのは、本人だけではなく家族や血縁者を、いつでも殺せるという喜田議員に対しての脅迫でしょう。もし喜田議員が飲めない要求をされていたとして、断れば自分だけでなく家族にも害が及ぶと思ったのかもしれない。自分がいなくなれば他の人間に手を出すことも無いだろうと考えれば自殺の動機にはなりますね」ダニエルは少し寂しげな眼をしてそう言った。
「その組織っていうのは…まぁ聞くまでもないですか。そっちじゃなければあっちだろうから」トキネさんはそう言ったあと、今度は三船氏の方を見て言った。
「あんた全部知ってたでしょう」少しだけ不機嫌顔をしている。
「いや、久々にトキネちゃんが張り切ってそうだからさ。あと、彼らがどうしても君と手合わせしたいって言うもんだから…」三船氏はしどろもどろに答える。
今度はずっと黙っていたイリヤが口を開いた。
「私は歴史の伝記モノが好きなんでスガ、日露戦争ノ帰還兵の手記を元に書かれた本ニ、赤い軍服を着た日本兵の話が出ていたんデスよ。黒い軍服の日本兵は撃たれれバ倒れるが、赤い軍服を着た兵士には弾が当たラない…その兵の活躍は凄まじく、旅順はそれデ落とされたと…」
「ロシア軍では人の事を『化け狐』とか呼んでたらしいわね」トキネさんは先ほどからのふくれっ面でそう言った。しかしイリヤもダニエル程ではないが日本語が流暢だ。柔術を学んでいるせいだろうか。
「そんなノハ都市伝説だろうと思っていテ、ダニエルとも道場で笑っていたんデスが…あ、私はダニエルとは修行仲間なんデス。ある時ダニエルがソロス氏から酒の席デ『その人なら知ってるよ』って言われたんだそうデス」イリヤの話にトキネさんが口を挟む
「ソロスのクソオヤジが…」トキネさんは時々口がものすごく悪い。ソロス氏とも旧知の仲らしい。
「調べたら吉森大臣がミズ小佐波の血筋だという事も分かりました。丁度喜田氏とカジノ構想について話す用もあって、日本に行けば会えるかもしれないからとイリヤに同行しないかって誘ったんですよ」ダニエルは頭をかきながら照れくさそうに話す。
「最初っからそう言えばいいのに」トキネさんが言う。
「本当の事を言ったら本気では相手してくれないかもって、ミスター三船が…」そのダニエルの言葉を聞いて、トキネさんは三船氏の方を見た。彼は気まずそうに横を向いている。
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