第12話 アメリカから来た男達(その2)
しかしその問いかけにダニエルは顔色を変えることなく答える。
「…もしそうだとしたらどうしますか?はいそうですと答えるバカもいないと思いますが…」それはそうだろうと僕も思う。
「答えないなら力ずくでも話してもらうけど…」それを聞いてダニエルの後ろにいたもう一人の大男、イリヤが何かを話そうとしたがダニエルがそれを手をあげて制止した。
「トキネちゃんちょっと家の中では勘弁してよ。暴れるならみんな庭の方へ出てくれないかな」三船氏にそう言われて、僕たちは玄関とは逆側に移動した。
エントランスの門扉と建物を挟んで逆側には庭があった。芝生敷きで結構な広さがある。
僕ら三人と三船氏、来客の男二人は全員で外に出た。靴は最初から履いたままなので、こういう時は西洋式の方が便利だ。外に出て更にトキネさんとダニエルとイリヤの三人は先に進んでいく。ある程度進んだところで、1対2で向かい合う形で立ち止まった。
イリヤは肩から下げていたショルダーバッグを芝生の上に置くと、ダニエルと共に上着を脱いで軽く畳んでからその上に置く。そうしてまたトキネさんに向きあうと。頭を下げて一礼をした。その振る舞いで彼らが日本の武道経験者であることが分かる。
「私が先に手を出してもいいけど、かかってくるなら二人で一緒にどうぞ。でないと運動になりそうもないので」そう言ってトキネさんは右腕を前に出し、手のひらを上に向けておいでおいでをした。
先に動いたのはダニエルの方だった。前に進んでトキネさんに掴みかかろうとしたその瞬間、彼の体はふわっと宙を舞った。しかし先日のお礼参りの時と違うのは、受け身をとってすぐに立ち上がったところだ。間髪入れずイリヤも襲い掛かる。そうしてトキネさんに触れるか触れないかの所で彼の体は…宙を舞うことは無かった。イリヤは腰をやや落として横方向へ逃げた。
「うまく重心をずらしたね」僕の横で三船氏が呟く。
「彼はロシアの戦闘術であるシステマと、グレーシー柔術を融合させた独自の格闘術を提唱していて、ボストンで道場を開いてるんだそうだ」三船氏はそう続けた。本人に聞いたかのような口ぶりだ。
「面白い動きをするわね」トキネさんはちょっと驚いたようだ。イリヤは立ち上がったダニエルと共に、トキネさんからやや距離をとって構える。トキネさんはズボンのポケットから何かを取り出した。それは古い日本手ぬぐいだった。古ぼけてベージュに近い白地に紺色の模様が入っている。彼女はそれを頭に巻くと両手を前に出して構えた。
「少しは運動になりそうね」そういうトキネさんは薄く笑っていた。
突如として二人の男は息を合わせたように、同時にトキネさんに掴みかかった。いや、掴みかかろうとして手を出したが、全くかすりもせずかわされた。二人は何度も何度も繰り返し手を出すのだが、それをものすごい速さで動いてトキネさんは避けていく。そうして今度はかわしながらも掌底でイリヤの腹部に、カウンター気味に打突を与えた。『バンッ』という肉をバットで叩くような音が響き渡った。しかしイリヤは何事もなかったかのように、距離が縮んだトキネさんに右拳で殴り掛かった。が、彼の拳は空を切る。トキネさんは少し後退し、三人は再び距離をとって構えなおした。
「加減したつもりは無いのによく鍛えてますね。逆にあなたの当身(あてみ)は重そうで、一撃で相手を戦闘不能にできそうです」トキネさんは嬉しそうだ。
「当身ってなんですか?」そう聞く僕には草壁さんが教えてくれた。
「現代柔道では反則かもしれませんが、柔術には殴る蹴るの当身技というものがあります」
そうして少し間をおいてから、また三人の攻防が始まった。イリヤとダニエルは掴みかかるだけでなく、時には拳を握って殴り掛かると共に蹴り技も混ぜてきた。しかしそれらもトキネさんはことごとくかわしていく。しばらくそんなやりとりが続いた後、動きが大きくなってややバランスを崩したイリヤの背後に、トキネさんはまわりこんで背中をパーンとはたいた。
次にはダニエルの背中も隙をついて同じように叩く。何度かの攻防を繰り返しながら、同様にトキネさんは二人の背中を叩いていく。二人の男は背中をはたかれるたびに、構えなおしては向かっていくが、全くトキネさんにかすることすらできない。そうしてまた三人は動きを止めて対峙する形になった。
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