第8話 襲撃(その2)
だが、その話はそこで終わりだった。
「あ、来たみたいですね」
トキネさんがそう言ったのと同時に、店の扉がカランとなって開いた。帽子を深く被ってマスクをした男が、店の中へと勢いよく入ってきた。トキネさんの言い方が軽すぎて、待ち合わせをした人でも現れたのかと思ったが、どうも違うようだ。
季節的にちょっと遅い長いコートを羽織っているその男は、こちらを向いて仁王立ちになるとポケットから手を出した。その手袋をはめた右手には拳銃が握られていた。こちらに向かって拳銃を構える…いや、気が付くと同じテーブルに座っていたはずの草壁さんの姿がどこにも無かった。
次の瞬間ポキッという小枝の折れたような音が店内に響き渡る。男の後ろにはいつの間にか草壁さんが立っていて、両腕で男の上半身を拘束していた。複雑に絡んだ草壁さんの腕は、拘束しながらも拳銃も握っている。男の右腕のひとさし指は、拳銃の引き金部分にかかったままで変な方向に曲がっていた。程なくして男が落とした拳銃が床に落ちる音がした。
それを見届けたトキネさんも席を立って男の方へ進む。男が床に落とした拳銃を拾い上げてまじまじと眺める。
「これ中国製じゃなくてソ連製ですね。懐かしい。古いけども手入れが行き届いている。大切に使ってるんですね」
そう言って拳銃をカウンターに置いた。するとトキネさんに向かって、男は上半身は拘束されたままで右足で蹴りを入れようとした。トキネさんはその蹴り足の膝から下がまっすぐになる前に脛に向かって掌底を打ち込んだ。男の右足の動きが止まると、正面から両腕で抱きしめるように掴んで、体を横方向へ動かした。
次の瞬間『ゴキッ』という、聞いたことのない低くて鈍い音が店内に鳴り響いた。そうしてトキネさんは右足から腕を離すと、同様に左足も掴んで同じことをする。二度目の音が聞えた後、草壁さんが上半身の拘束を解くと、男は崩れ落ちるように床に倒れた。
「両ひざの関節を外したので無理に動かない方がいいですよ。まぁ動けないだろうけど」
トキネさんは男に向かってそう言うと、今度は草壁さんの方を見て
「草壁さん、警察に連絡お願します」
と言った。肩の関節とかなら聞いたことがあるが、膝の関節がそんなに簡単に外せるとは知らなかった。いや、多分普通そんな事はできないに違いない。
その後、男の両腕も動かないように店にあったガムテープでぐるぐる巻きにした。関節の外れた膝は支えが効かないので男は床に転がされている。脚の膝から下は両方とも変な方向に曲がっていた。その様は壊れた操り人形の様で、見ているだけで痛々しい。
「さっきの事務所には実行犯らしき人間がいなくて、あのふにゃちん野郎も実行犯は別組織のヤツだって言ってました。こいつの持ってたトカレフを見る限り、この男がそれっぽいですね」
トキネさんが言う。
「警察が来る前に、喜田議員の背後関係を聞いておきましょうか」
草壁さんはそう言ったが、流石にここで生爪剝がしたり、指を切ったりはできないだろう。
「こいつはプロだから、さっきのふにゃちん野郎とは違って何も言わないでしょうね。指折られても両膝の関節外されても、悲鳴一つ上げないとは近頃の若いやつにしては根性がある」
果たしてトキネさんは褒めているんだろうか?男は舌を噛まないようにとマスクは外してタオルでさるぐつわもされている。これでは話したくても話せないような気がする。
「しかし尾行もされてないのに、ここにこいつが現れたってことは、喜田議員のバックにいる連中は、私と知っていて喧嘩を売ってきたってことですよね。これは一市民としては黙ってられないな~。そういうことなんでテルちゃんには、そっちの襲撃とは関係なく動く必要が出たとお伝えください」トキネさん、一市民は銃をもってる相手の喧嘩を気軽に買ったりしませんよ。
「あ、国際問題にならない様には極力気をつけますのでご心配なく」
そう言う彼女はちょっと楽しそうに見えた。草壁さんは天を仰いでいる。
「なんとなく予想はつきますが、まずは喜田議員に直接聞いた方が早そうですね」
トキネさんはそう言うと、また草壁さんの方を向いてこう言った。
「草壁さん、喜田議員の血縁交友関係を全部教えてもらえますか?テルちゃんにはいつも『まずは敵を知れ』と教えてきたので、政敵ならかなり詳細に調べ上げているはずです。あなたもある程度は知ってますよね。もしテルちゃんが教えないっていうなら、喜田議員に直接聞きに行くって伝えてください」
草壁さんは反論をする風でもなく小さく一度頷いた。トキネさんが喜田議員の血縁交友関係を聞いて、それをどう使うつもりなのかは知らない方が良さそうだ。
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