第7話 襲撃(その1)

 喫茶店『乃木坂』に帰り着いても時間はまだ閉店予定の午後五時前だった。トキネさんはどうせお客さんなんか来ないと言って、ドアにかかった札はCLOSEDにしたままで、扉を開けて店の中に三人は入った。


「コーヒーいれますね」

 そう言ってトキネさんはカウンターの中に入っていったので、真ん中のテーブル席に僕と草壁さんの二人で座った。

「しかし、喜田議員はなんでまた吉森大臣の襲撃依頼なんかしたんですかね。政権争いでそこまでの事はしないですよね?」

 先ほど男の口から出たのは、前与党政調会長の喜田議員の名前だった。僕には政治の世界の話は良く分からない。


 草壁さんは先ほど事務所で喜田議員の名前を聞いても特に驚く風ではなかった。吉森大臣の秘書なので何か思い当たる節があるのだろう。

「…北原さんはもう身内みたいなものだから、話しておきますね。最近吉森はふとしたきっかっけで、喜田議員の非合法な金銭のやりとりの事実を知ってしまったんです。特に吉森は告発するつもりは無いと言ってましたが、喜田議員は怖かったんでしょうね…あの二人は政策では意見が対立する事も多かったし…。マスコミにでもリークされれば結構な痛手になるのは分かります。ただ、だからと言って彼にそこまでする胆力があるとは思えないんですよね…そこがひっかかります」

 草壁さんはそう言って軽くため息をつく。


「草壁さんは喜田議員の、更に裏にも何かがあると思ってるんですか?」

 僕は聞いてみた。

「小佐波さんには内緒ですよ…彼の後ろには海外資本の影がちらついているんです」

 草壁さんは小声で囁くようにそう言った。先ほどの行動を見た後なので、確かにそれはトキネさんに聞かせてはいけない話だと、僕の直感もそう言っていた。トキネさんはと言えば、カウンターの中で一心不乱にコーヒーを入れている。至近距離ではあるがこちらの話は聞こえている風では無い。


 程なくしてコーヒーが運ばれて来た。トキネさんの分も含めて3杯だ。

「何の話をしてたんですか?」

 コーヒーをテーブルに配膳しながらトキネさんが聞いてくる。

「いや、喜田議員がなぜ吉森大臣の襲撃を依頼したのかという話です」

 僕は嘘は言っていない。

「順当に考えて吉森大臣のIT大学構想か、カジノ特区反対あたりでしょうね。特に喜田議員はカジノ特区設置に関しては旗振り役ですから…」

 とトキネさんは言った。


「吉森大臣はカジノ特区設置に反対だったんですか?ならばそれは分かりますがIT大学構想というのは初耳です。なんですかそれ?」僕も新聞ぐらいは読んでいるので、ある程度の政治的な単語は分かる。もちろん、詳細な事やこれからの計画等は分からないが…。


 トキネさんはコーヒーの配膳を終え、自分も椅子に腰かけてから話し始めた。

「大臣は自著なんかでは書いてますけど、あまりマスコミでも取り上げられてないから普通の人は殆ど知らないでしょうね。もちろん草壁さんはよく知ってると思います」

 トキネさんはそういうと、少しだけ考えてから続けた。


「北原さん引っ越しなんかで住民票移したことありますか?」

 突然トキネさんは僕にそう聞いてきた。

「ええ、何度か」

 引っ越しは実家を出たりなんだりで何度か経験している。

「住民票を移動するときの届け出の書式って各自治体でバラバラなんですよ。もちろんネットでの手続きなんて夢のまた夢。笑っちゃいますよね。地方に行くと公営キャンプ場なんて未だにFAXで予約して、利用料は銀行振り込みって所もあるんですよ」

 役所勤めの友人もいるが、よく自分でお役所仕事と言っては自虐している。


「先進国とか言っていながら、日本のIT音痴は酷いんですよ。それなりに技術者も居れば、IT関連の企業もたくさんあるのに、どうして日本は世界から置いて行かれるのか…吉森大臣は地方のIT人材が不足していることが一番の問題だと言ってました」

 トキネさんはそう言ってからコーヒーに口をつけ、一口飲んでからまた続けた。


「で、お医者さんでいう所の自治医大みたいに一定期間の地方勤務を条件に、学費が免除されるIT人材を育成する大学を作ろうと考えてるんです。中央がいくら新しい事をしようとしても、地方がついてこれないことには国全体ではどうにもできないですからね。でも、これに反対する声が海外には結構あるらしいんですよ」

 トキネさんが説明してくれたIT大学構想も初耳だったが、そんな海外の動きがあるというのも驚きだった。


「何でですか?学費に困っている学生も多いと聞きます。IT人材が不足している地方にとっても、最終的には日本の国力アップにはもの凄くいい考えだと思いますが…」

 本当にそう思った。かかる予算に比しても効果が大きそうだ。最近のむやみにお金をばらまくような政策よりは余程いい。


「折角沈んでいる日本が浮かび上がって来ない方がいいと思って、細かいことしてる連中が結構いるんです」

 トキネさんはそう言ってから草壁さんの方を見た。


「どういうからくりか知りませんが、さっき全然二人の声が聞こえませんでしたね。でも口は動いてました。長生きすると口の動きだけで何を話しているのかは分かっちゃうんですよ」

 それを聞いて草壁さんはしまったという顔をした。

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