第15話 カスミ姫の公務の巻

天和てんわ七十年、七月三日。


明朝


天童の配下、十界仙を退けた、東堂は父上…将軍、徳沢宗家から直々に褒美を賜わっている。

大広間の御前にて、妾と父上、母上、大老の前でだ。


「此度はご苦労であった、いや、大金星と言ってもいい、東堂明、お主に褒美として五十両、あと他に望むものはあるか? 」


「身に余る光栄であります、将軍様! 望むものは…ありません」


「ほう、意外だな、そちは、無欲なのかな?」


「いえ…そうではありませんが…拙者、欲しいものは…その…頂いたというか…」


東堂は顔を赤らめながら、述べている。

きっと、昨日の夜の事を思い出してるのだろう、わたくしを惚れさせておいて、このうつけめ!

寿命がある限り、わたくし以外の女にうつつを抜かすなんてさせないんだからな。


「歯切れが悪いのう、まあ良い、そちがそれ以上、望むものが無いと言うなら、これ以上言うまい」


「はっはー、それでは拙者は来れにて…姫様の護衛の職務に戻らせて貰います」


東堂がわたくしの手を取り、自室まで付いてくるが――――――


何だか動きがぎこち無い。

もしかして…昨夜の事を引きずっておるのか?


「東堂、何だか、動きがぎこち無いぞ」


「姫様、昨夜の事は、拙者の胸に閉まって置く故に…その、あんな過激な、せっ、接吻など…」


「接吻でそんなに動揺して…もっとして欲しかった?」


東堂は、その言葉にオロオロしながら、「カスミ姫様! 御冗談も程々にしてくださいませ、この東堂、壊れてしまいます!」


あー、楽しい、生きているって感じで…それも、この男がくれたものだ。

わたくしは、生きてていいんだ、東堂…それを実感させたのは、そちのお陰じゃ、からかって悪いな、でも、そちの初心うぶな所が愛しくてな、ついな。



※※※



「申し訳ありません! 天童様」


僕に跪いているのは、先のカスミ姫拉致に仕向けた、十界仙の悟空坊こと聖来暗転菩薩だ。


「大鬼獏良、修羅一丈を斬り伏せる侍か…」


闇黒拳士あんこくけんし 研山無死郎けんざんむしろうが興味を持ったように、呟いている。


「天童様、こやつの処遇はどうするつもりで?」


荒振陰師あらぶりいんし 須金闡明すがねせんめいが、僕に聞いてくる。


「そうだね…とりあえず、死んで貰うかな」


「天童様!何卒なにとぞ、命ばかりは…どうか御慈悲を!」


聖来暗転菩薩が嘆願するが、僕には関係ない、十界仙という僕が選んだ戦力でもだ。

以前、大鬼獏良や修羅一丈を咎めなかったのは、二人がかりでも、倒せない奴に、僕がけしかけて僕の目論見通りにいかなかったのも、あって、自戒を込めて見逃したが…今回は三人を派遣して、二人は討ち死に、残り一人は逃げ帰って来たと。

一応、二人を倒した侍が妙な刀を使っていたという情報は、手に入ったが、その侍が僕に脅威を感じさせるとは…思えないし、何より、聖来暗転菩薩が今後とも、僕にするとは思ってない。


「聖来暗転菩薩、君、僕を裏切っただろう?」


「はっ!―――――そんな事は―――」


言い終わる前に、聖来暗転菩薩の頭が地面に転がる。


「ご苦労、月斬槍兵つきぎりそうへい宝臧院胤水ほうぞういんいんすい、相変わらず、見事な槍さばきだ」


「別に…あんたの為じゃない」


「ふふ、君は素直じゃないね、まあいい、陰陽隠密おんみょうおんみつ 木戸弥右衛門きどやえもんも、よく目を光らせている、僕も気づかなかった」


「はい、天童様の為ならば…」


さて…こっちは、戦力が減ったが、例の侍も聖来暗転菩薩の情報によれば、もう脅威では無い。


次は誰をカスミ姫に向けて行かすか…



※※※


「東堂!!次はこっちじゃ」


「はい!」


「本城!!これも頼む」


「はい!」


東堂が父上から褒美を受け取った後に、公務の書類に印鑑を押すのじゃが…中々、しんどい、数が膨大じゃ!

護衛取締役の二人にも、手伝わせて、いるが…それでも、終わりが見えない。

結局、昼から初めて終わったのは、夕方になり、クタクタになる。

そんなわたくしを見かねた、御小姓おこしょうのツバメが、おはぎを持って来てくれた。


「姫様、お疲れでしょう、これをどうぞ」


「おお、済まぬの」


「東堂殿、本城殿の分もありますよ」


「拙者は…結構でござる…」


「うん、そうなのか? お主、その刀の行使で、味覚もやられてるんじゃないか? 」


「……………実は、そうでござる、味覚もそうなのですが、食欲もあまり無くて…」


「そうなのか…東堂…ならばわたくしが食べさせてやろう、口を開けい」


「まあ、東堂殿たっら///、姫様に食べさせて貰うなんて、まるで恋人のようですわ」


ツバメが茶々をいれるが、この男をこんな風にさせたのは、自分にも原因がある。

おはぎを手で千切ちぎり、東堂の口へと運ぶ。

それを食べる東堂。


「どうじゃ?」


「うん、味覚、感じずとも、このおはぎは美味しいでござる」


「まあ、東堂殿たら、お世辞が上手いのだから」


「いや、東堂の言う通り、このおはぎは美味いぞぉぉ!」


本城の方を見ると、口いっぱいに頬張っていた。

あの堅物の本城が甘い物には、目が無い事に、凄く相違が大きかった。


「本城、お主、甘い物に目が無いのだな」


「モゴモゴ、はい、この城に入る前には、行き付けの団子屋がありまして」


「ほうほう…そうじゃ!明日はその団子屋とやらに、お忍びで参ろうではないか」


「姫様、いいのですか?」


「構わぬ、東堂、本城、道中は頼りにしておる」



天和七十年、七月三日の夕方、わたくしが決めたことが、新たな嵐を呼ぶ事を知らなかった。

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