第14話 カスミ姫の決心の巻

土御門に呼ばれ、東堂と本城を連れて来ると、部屋の前で「入るぞ、土御門」と言うと、「どうぞ、姫様」と言われ部屋へ入ると、土御門が部屋で正座して待っていた。

わたくしと東堂、本城、共に部屋の中で鎮座していると…



「姫様…東堂の事なんですが…」


「うむ、なんなんじゃ? 」


「このままだと、東堂は死にます」


土御門が発した言葉に、部屋の中の空気が張り詰めた感覚がした。

東堂が…その身を張って、わたくしを守ってくれた東堂が…死ぬ…。

現実感が無かった、傷もわたくしが癒やしの力で治癒をしたのに…城下町へ遊びに行こうと、周りの反対を押し切って、私を連れてくれた…東堂が死ぬとは…。


私はふらっとなり、前のめりになった。


「姫様! 大丈夫でござるか!」


当事者である、東堂がわたくしを心配している。

いや、いや、そなたの事なんだぞ、っとツッコミを入れたかったが、東堂はケロッとした様子で、土御門に「土御門様、拙者はあと、どのくらい、持ちますか? 」と聞いているではないか!?


そなたは恐くないのか! 死ぬのだぞ! まだ、わたくしと歳だって変わらないのに…どうしてそんなに気丈に振る舞えるのだ。


「正確には分からないが、君はその刀を…あと、三回行使したら、もうその身は持たないだろう…だけどね、使わなければ…あと一年は、生きていられるだろう」


「一年!? そんなにも東堂は寿命を消費しているのですか!」


本城が立ち上がり、東堂の方を見て…


「済まぬ、東堂…お主だけに負担をかけて…」


「なーに、あと一年も生きれば、良い方です、姫様、本城殿もそんなに気を落とすなでござる」


張り詰めた空気の中で、この男はあっけらかんと、語る。

この男は、いつもそうだ…わたくしは、生まれて十八で天童へ差し出されると、知った時から…何事にも冷めた目で生きてきた。

なのに…なのに…どうしてなの。


「姫様、顔色悪いですぞ、本城殿もそんなに深刻にならずとも…」


「深刻にならずにいられるか!!」


本城ががなり立てる。

わたくしもそういう気分だ、いいぞ、本城、もっと言うのじゃ!


「俺は…俺は…姫様のお主と共に護衛取締役になったと言うのに、お主は…あと一年でこの世を去るなんて…せっかく、出来た剣友を…このまま、死なせるなんて…」


「ははは、本城殿に剣友として認めて貰うなんて、最初は、あんなに連れない態度だったのが、嘘みたいでござるな」


「茶化すな! 天童の事だってある…もしも、お主が亡くなって、俺、一人で姫様の護衛取締役だって…」


本城…そなたも色々思う所があるのだな…。


「安心するでござる、あと一年で天童の首級を討ってみせるでござる、姫様も本城殿も心配するなでござる、十界仙もあと八人、拙者が討伐してみせる」


東堂は胸をドンと叩いて言ってのけた。

東堂、そなたは…そんなに気丈に振る舞えるのは、何故なのだ、わたくしを守るのに、何でそこまで、命をかけれる?


「土御門様、ありがとうございます、この東堂明、今後の方針が固まりました」


「………君はそれでいいのかい? ここでお役御免として、故郷に帰っても誰も咎めはしないよ、多額の報酬だって出るよ」


「いえ、それは結構でござる、あっ、でも拙者が亡くなったら、故郷の母上に拙者の報酬を送ってほしいでござる」


「そうか、分かった…わたしから、上様に言伝ことづてをしておく、それと…君の刀を預からせて貰うよ」


土御門の目線が、東堂が腰に差してある、二振りの刀のうちの一振りに目線をやる。


「龍我毘沙丸をですか…仕方ないでござる、どうぞ」


「うん、それでは…ぐっ!?」


東堂から刀を預からろうとした、土御門は刀から拒否されるように、手から離した。


「とんでもない刀だね…主にとことん使われる気が満々だ、しょうがない、東堂、こっちにもうちょっと寄ってくれないか」


東堂が土御門に寄ると、土御門は刀の柄に何やら、紺色の帯を巻いておるようじゃ。


「それは、呪物の封印に使う帯でね、清浄布せいじょうふと呼ばれてる、その布で巻いてる間は、その刀は抜けないよ」


そう言われ東堂が刀を抜こうとする、おいおい、いくら、言われたからって抜こうとするなよ、わたくしが注意すると、「確かに抜けないでござる」っと東堂はびっくりした様子でいる。


「陰陽師の祖、安倍晴命あべのせいめいが作った、対魔の布だ、巻かれてる間は、その刀も大人しくしてるだろう」


「土御門様、何やら何まで、気づかいありがとうございます」


「いいさ、上様も君をいたく気にいってるようだからね、あと、本城」


「何でしょう、土御門様」


「君には、これを」


「これは?」


土御門が本城に手渡したのは、丸薬が入った袋だ。


「それは、わたしが作った、治療薬だ、姫様が何時でもいらっしゃる訳でもないだろう、深手を負った時に飲むといい、姫様程ではないが、良く効くよ」


「ありがとうございます、土御門様」


「さて…姫様には、これを」


土御門がわたくしに渡したのが、懐剣だった。


「これは…」


「対魔の懐剣です、護身用に…わたしからは以上です、姫様、ご足労させて申し訳ありません」


「よい、ではな、土御門」


「はい、また用事があればお呼びします」


襖を開き部屋を出た。

頭の中は、自分が思ってたより、ずーっと重いものだった。

わたくしにこんな思いを抱かせた男、東堂明、許さないぞ!!

自室まで、東堂と本城を連れていきながら、廊下を歩いていると…わたくしは心の中が弾けてしまいそうだった。

東堂、東堂、東堂明、わたくしに生きてて良いと感じさせた男…

今生の中で、をするなら、この男しかいないだろうと思った。

廊下を歩く中、わたくしは歩みを止めた。


「姫様?」


「東堂…お主は男女のアレをした事があるか?」


「はっ、アレとは?」


それを聞いていた、本城が何か察したのか、東堂の頭を小突いた。

割りと強めに。


「痛いでござる…本城殿、何をするでござるか」


抗議をする東堂に目をくれず、わたくし達に背を向けて、無言でいた。


「東堂、目を瞑っておれ」


「はあ、こうでござるか…」


これは、呪いだ! いくらあと一年の寿命だとしても…わたくしを置いてこの世から去るなんて許さないからな。


――――そして


東堂の首に手をかけ抱き寄せると…唇と唇が重なった。

東堂は、その瞬間、目を開いた。


うつけめ…そんなに驚いたか!

なら、一度ならず、二度目じゃ。


再び、重なり合う唇と唇


東堂は木鶏の如く、固まり、何が起きたのか理解出来ずにいるようだった。

唇から離すと、東堂は相変わらず固まっていた。

そして、後ろを向いている本城に、もう良いぞと言う。

本城が東堂の肩に手を置いた所で、東堂は我に返り。


「姫様…今のは…」


「呪いじゃ、お主は生きて生涯、わらわの元にいるのじゃ」



天和てんわ七十年、七月二日、夜、夏の暑さに勝る、熱さが胸に込み上げていた。



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