第6話
「この前行った《アウレンティ王家の歴史》、すごい評判で展示期間の延長決定だって」
「当然だよ。ディア工房の最初の魔道具なんてマジすごかった」
興奮に満ちた少年の声には敬意と感謝があった。
「母さんが教えてくれたんだ。俺が無事に生まれたのってディア工房の魔力を安定させる魔道具のおかげだったんだって。俺も世界に注目される魔道具を作ってみせるよ!」
「《魔導具は誰かの役に立ってこそ》というのがディア工房の創始者で当時第二王子だったファビオ王弟殿下の言葉なのよね。王子で魔道具製作の第一人者なんて素敵だわぁ♡」
「でも王子様がどこで魔道具の作り方なんて習ったのかな。当時は呪術めいた技術だったはずだから誰も王子様に教えるわけないのに」
数日前も聞いたような、後ろの席の若い男女の話し合いにマリサがふふふっと笑っていると、あの時と同じようにマリサの視界に影がさして厳つい騎士が隣に立つ。
「やっぱり若いって良いわねぇ。」
「マリサ様も十分お若いですよ、お綺麗ですし」
「あら、レベルが上がっているわ♡展示会でロマンス指数が上がったおかげかしら。この国の婚姻率や出生率が上がったらお兄様に御褒美もらわないと」
「それも良いですね……確かにあの手紙には何かこう、実にシンプルなのですが、グッときました。あれは何方が書いた手紙なのですか?」
― 僕と恋をしませんか? ―
絶対に返って来ない返事に永遠をかけた人。
彼は次の世界を共に荒れると思っていたのだろうか。
「顔のない自画像を死ぬまで大事に持っていた方が書いたものよ」
***
父の遺品を整理しているときに見つけたのは、端が黄ばんだ古い絵。
兄妹全員が似たタッチの肖像画を持っていたから、それが《母》の描いた絵だと直ぐに想像がついた。
なぜそれを持っていたかは分からない。
《母》が自ら渡したことはあり得ないし、《母》の側付きだったサラも既に鬼籍に入っていたので答えの出ない疑問だった。
クラウディアの死後、エドアルドは全ての妃と離縁した。
明るみになった悪事から妃たちの処刑を望む声もあったが、クラウディアが助けた命と思うとエドアルドにはそれを命じることが出来なかった。
ただ、離縁した妃とその家には国政への参加を禁止した。
子どもたちを道具にはしないというエドアルドの表明だった。
マルコが成人すると同時にエドアルドは譲位し、隠居生活を送ると宣言した。
突然の隠居宣言に子どもたち全員、特に突然王位を譲られたマルコは驚い戸惑ったが、隠居先が内宮と聞いて落ち着きを取り戻した。
ただ一つ、エドアルドはマルコに内宮を改装したいと頼んだ。
未だ婚約者さえマルコは父の願いを了承したが、その結果が《母》の部屋を内宮から切り離して父の隠居先にすると聞いたときは渋い顔になった。
一つの家になった《母》の部屋に、子どもたち何歳になっても暇さえあれば顔を出した。
五人の子どもたちがそれぞれ婚約者や配偶者を連れてきて、やがて子どもも連れてくるようになり、北の冷たい庭にある家には明るい声が絶えなかった。
隠居生活を送る父の趣味は料理になった。
立派な厨房があるのだからと始めた料理の腕前は当然ながら壊滅的だったが、季節が変わる頃には手の傷は一つか二つになり、味も見違えるほど美味しくなった。
子どもたちの婚約者たちは漏れなく父の手料理でもてなされたものだった。
父の書いた手紙を子どもたちが知ったのは、父の病床だった。
『自分が死んだら彼女の墓前に供えて欲しい』とエドアルドはマルコに手紙を託したが、自分の初恋の君である《母》を蔑ろにした恨みを忘れていなかった父は復讐を決意した。
あの日、《母》の想いである絵を衆人観衆に晒す事態を招いた恨みも重なって、『父上の気持ちも曝露しよう』と弟妹に提案した。
そして『僕たち全員が《母上》に自慢できる何かを成したらにしませんか?』というファビオの言葉に全員が賛成した。
父に《母》を取られるのがとても嫌だったのだ。
上の兄のマルコは君主制を廃止し、民主制への意向を目指している。
王太子である息子の次の代までかかるかもと笑っていたが、後継ぎとして苦しんだ《母》を思えば必ず実行するだろう。
上の兄のファビオは魔導工房ディアを創業し、自身も王弟としての仕事の傍らで魔道具の製作に携わっている。
《母》の技術と思いを絶やさまいと日々精進する兄を尊敬していた。
上の姉のフィオレラは画家を目指すと言って隣国に留学したものの、留学先で美術品の復元技術に興味を持ってそちらの道に進んだ。
先々代の王が滅ぼした国に行っては、発掘された美術品の復元している。
下の姉のイゾルデは親の暴力から子どもを救う協会を作り、日々寄せられる相談に応えながら、通報された現場には自ら駆け付け虐待を受けた子どもを救っている。
そしてマリサは王都のあちこちに『子どものための食堂ディア』を作っている。
自分たちみたいにお腹を空かせた子どもをゼロにするため、王都の食料品店や料理店に協力を仰いで子どもに無料で食事を提供している。
王族の自己満足とか、税金の無駄遣いとか言われているが、自己満足はさておき税金は一銭も投入していない。
必要ならば頭を下げたし、自分でも料理をしてきた。
「言いたい人には言わせておけばいいのよ」と言った《母》の言葉は今でもマリサの背中を押してくれている。
そしていま、
「マーサさん、こんなところにいた。オーナーがいないとお店が開けませんよ」
「みんなー、マーサさんがいたよー」
『ディア』に救われて、今度は自分が救う番だと言って成長した子どもたちがボランティアで手伝ってくれるようになった。
この流れを作ることがマリサの最終目標であり、おかげで髪が白くなるまで時間がかかってしまった。
「何十年も経ったいま、あの恋文が衆人観衆の目に晒されるなんて思っていらっしゃらなかったわよね」
災難は忘れた頃にやって来る。
真面目な長兄が聞いたら「使い方が間違っている」と言われそうなことを考えながら、マリサは手を引く元子どもたちに微笑みかけた。
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