第5話

「こんな時間に私を酒席に誘うなど……陛下は私を側女にでもするおつもりですか?」

「妻の眠る棺の傍でそんなことを言うほど厚顔ではないよ」


 クラウディアの棺が納められた神殿に呼び出したサラの第一声にエドアルドは苦笑する。


「仮になれと言ったら舌を噛んででも拒否するであろう、お前は」

「然様ですね」


 さらりと肯定したサラにエドアルドは再び苦笑して、ワインを満たしたグラスを一つ渡す。


 神殿の中、それも棺を納めた聖堂で酒を飲むなど神官に知られたら説教ではすまされないが、酒の力がなくできる話ではなかったし、ここ以上に相応しい場所はなかった。



「クラウディアのことを教えて欲しい……何でも良いから」


 エドアルドの言葉にサラは目を見開き、ワインをひと口飲んで訊ねる。


「恨み節でも?」

「構わない」


 迷いのない言葉にサラは苦笑し、「そんなものはありませんわ」と呟いた。


「クラウディア様は貴方との結婚を望んでいませんでした」

「そうだろうな。私たちの結婚は後継ぎのことだけを考えた完全な政略だ」


「いえ、そう言うつもりではなく……クラウディア様はどなたとも結婚するつもりはなかったのです」


「大国の唯一の王女にそんなことは不可能だろう」

「いいえ、可能でした。あの日、あの男があんな宣言をしなければクラウディア様は……あんなに直ぐあの男が死んだこと、変だと思ったことはありませんか?」


 まさか、という考えがエドアルドの頭に浮かんだ。


「老いを何よりも恐れていたあの男はいつかクラウディア様になるつもりでした」

「娘の体を乗っ取るつもりだったのか」


「どんな呪術で要らぬ知恵をつけたのか分かりませんが、あの日あの男はクラウディア様を乗っ取ろうとして、失敗したのです。失敗した原因は分かりませんし、クラウディア様が何かした可能性はありますが……今ではもう知る術もありません」


 先代国王が死んだ日、国は二つに分かれた。


 一つは先代の宣言通りエドアルドを王とする派、もう一つは直系であるクラウディアを女王にする派。

 この国に来て間もなく力のないエドアルドには勝負にならない戦いだったが、そもそも戦いそのものが起こらなかった。


 クラウディアが女王になるのを拒否したからだ。


「クラウディアの願いは何だったのだ?」

「血を絶やすことです。クラウディア様の胎には子ができない呪いがかかっていました、ご自分でかけたものです。可笑しいと思いませんでしたか、出来る可能性の高い日を狙って共寝したのに」


 魔力の大小はあれど、他の妃たちは数度共寝しただけで子を成した。

 てっきり子が出来にくい体質なのだと思っていたが、


「どうしてそんなことを?」

「私がいけないのです」


 サラは懺悔するように頭を垂れた。


「私には陛下を責める資格はありません。私も、本来ならあの男に向けるべき怨嗟をクラウディア様に向けてしまいました。いえ、陛下よりも酷い。未だあの方は幼かった。それなのに私は……クラウディア様は私に泣いて謝り、その数日後に御自分の胎に呪いをかけたと聞きました。こうするしか私に詫びる方法がないと」


 サラはグラスを煽って空にした。


「あのときクラウディア様は子を成すことだけでなく、恋をなさることも諦めたのだと思います。誰かに恋をして、その方を子を抱けないことに絶望するのが怖かったのだと思います」


 エドアルドの頭の中に恋に怯える幼い少女のクラウディアが浮かんだ。


「クラウディア様は本当に優しい方です。御自分の魔力を誰よりも厭いながら、自分しかできない力の使い方をずっと考えておられました」


「力の、使い方?」

「陛下、御側妃様たちが全員無事に出産したのが不思議ではありませんか?」


 ここまで来れば愚か者でもクラウディアが何かしてくれたのだと分かる。


「クラウディア様は御自身にかけた呪術を応用し、女性の胎の魔力を外部から安定させる魔道具を作りました。そして、陛下がどなたと夜を過ごしたかを調べてはその妃の侍女を買収して妃に身に着けさせました」


 権力欲しさに抱かれる女のために。

 寵をもらえない正妃だと自分を嘲笑う女のために。


 信じられない思いを疑惑だと感じたのか、サラは苦笑する。


「その魔道具はいま三人の王女様たちがお持ちです。御疑いならお確かめください」


 サラの言葉にエドアルドは首を横に振る。


「あの頃、彼女が私の行動を探っていることを知っていた。てっきり私は……マッテオたちが言うように、彼女が妃たちに危害を加えるためだと思っていた」

「残念ながら、陛下はそこまで……嫉妬されるほどクラウディア様に愛されておられませんわ」


 愛していないのだから嫉妬するわけがない。

 長い間妻だった女性の心を改めて知り、エドアルドは複雑になった。



「クラウディア様は陛下の顔もご存知ないかもしれませんわ」



 サラの揶揄う言葉に、エドアルドはあの顔のない絵を思い出した。


 最低限しか顔をあわせていない夫。

 それも薄暗い閨でしか見かけない夫は顔の知らない男だったのだろう。



「クラウディアもあまり私を見ていなかったしな」

「自分に対して嫌悪の表情しか向けない方を見るなんて御免ですわ」


「辛らつだな」

「クラウディア様の代わりです……罪滅ぼしとでも思って下さい。クラウディア様の葬儀を見届けたら、私は神の子になります」



 出家するというサラにエドアルドは何となく納得してしまった。



「クラウディア様は常々仰っていました、次の世があるなら恋をしたいと。私はそれが叶うように祈り続けますわ」 

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