第4話
「騒がしいな……王子たちが来たのか?」
子どもたちが帰城の挨拶に来たのかとエドアルドが顔を上げると、先触れを受け取っていない側付きたちは戸惑った表情を浮かべた。
騒ぎが大きくなってきたのでエドアルドが廊下に出ようとしたとき、衛兵の一人が部屋に入ってきて報告をした。
「マッテオ様と王妃様専属侍女の……あの褐色の肌の侍女が埋葬品の件でもめておりまして」
今は未だクラウディアの遺体は王妃の部屋にあるが、今日の夜には神殿に納めることが決まっている。
サラには埋葬品を準備して、神殿に持って行くように伝えていたはずだった。
「我々にはどうしようもできず……大変申し訳ありませんが、仲裁していただけませんか?」
衛兵は《仲裁》と言ったが、サラを諫めるように言っているようにエドアルドには聞こえた。
何も聞かないうちに王妃側が悪いという人間だと決めつけられている気がした。
「分かった、行こう」
本来なら家臣の諍いに国王であるエドアルドが出ていくことはない。
ただ今回は自分が出なければいけないと感じた。
マッテオが悪いわけではない。
でもマッテオの報告は事実を捻じ曲げていたことは否めない。
先代国王に踏み躙られたフォンターナ王国の生き残りの一人として、アウレンティ王国の王族に平伏したくない気持ちは痛いほど理解できる。
しかし、その気持ちのままクラウディアを貶めたのは誰の為だったのか。
主君のためという大義名分を掲げながら私欲を満たしたことはなかったのか。
***
「この包みを棺に入れたい、ただそれだけだと申していましょう」
「だから、その包みの中身を改めると言っている。それが王妃陛下の嫌がらせ、例えば陛下を傷つける呪符などではないことを確認しなければならない」
亡き主を嘲笑するマッテオの言葉にサラの顔が怒りでカッと赤くなる。
「王妃様の遺した言葉を御見せしたでしょう。その遺言を一臣下が拒否するつもりですか」
サラの言葉にマッテオは持っていた紙を見る。
そこには確かに王妃の字で「侍女に預けた包みを誰も暴くことなく、棺に入れて埋葬して欲しい」旨が書いてあった。
「それが王妃様の唯一の願いです」
「口を開く様になればキャンキャンと騒がしい。王妃であろうが関係ない、陛下を守るために包みの中を改めさせてもらう」
「触るな!!」
外の喧騒にエドアルドは廊下に通じる扉に急いで手を掛けたが、扉を開けたエドアルドが見たのはサラの手からマッテオが包みを奪うところだった。
「その侍女を拘束しろ、陛下をお守りするためだ」
マッテオの指示に衛兵たちは速やかに従い、マッテオから包みを取り返そうとして掴みかかっていたサラを拘束した。
余りの状況にエドアルドが手をこまねいている間に、マッテオは包みの紐を解いていた。
バラバラと紙が散らばる。
「……絵?」
廊下に散らばった紙を見下ろしたマッテオは鼻で嗤う。
「何を大事にしていたかと思えば、こんなもの……うわっ!」
そう言ったマッテオが足元に落ちた紙に触れようとした瞬間、その手が何かに弾かれた。
そして次の瞬間、弾かれた手が炎に包まれる。
王のいる執務室の前で攻撃魔法が使われたことにその場にいた者全てが驚き、攻撃者を見定めようとした目が驚愕に開かれる。
「マルコ殿下?それに、フィオレラ王女?」
「サラを離せ。いくら陛下の近衛と言えど、王妃陛下の侍女長であるサラに力を向けることが許されると思っているのか」
後ろにいたファビオが雷魔法を展開し、近衛たちは慌ててサラから手を離す。
自由になったサラに三人の王女が駆け寄る。
王子二人は周囲を威圧するように魔力を放出する。
父であるエドアルドの力をある程度は継いだ彼らの力はすさまじく、ほとんどの者は動けなかったが、エドアルドは窒息しそうな魔力の波の中で数枚の紙を拾った。
それはマッテオの言う通り絵だった。
王城の中庭など公共の場もあったが、先ほど見た王妃の図書館などもあった。
このような絵が描けるのはただ一人。
「……クラウディアが描いた絵か」
エドアルドはクラウディアに絵心があるなど知らなかった。
三十年以上夫婦だったのに、絵を描く趣味があることも知らなかった。
クラウディアの絵に興味が湧いて他も拾おうとしたエドアルドだったが、サラの言葉に制止を余儀なくされた。
「それ以上御手を触れないで下さいまし。クラウディア様は誰にも知られず、自分と一緒に燃やして欲しいと仰っておられました。恐らくそれはクラウディア様の御心そのもの。陛下に何一つ望まなかったクラウディア様の最期の願いでございます、どうかお聞き届け下さい」
「分かった……誰も動くな。動く者は、私が容赦しない」
エドアルドの言葉にサラは頭を下げ、手早く紙を拾っていく。
そしてエドアルドはマッテオの足元にあった布を取り、眉を顰める。
「汚れてしまったので新しい布を用意させる。構わないか?」
「ありがとうございます」
「みな下がれ、王子たちはあとで食事を共にしよう。サラ、それを整えたら一応医者に診てもらえ……お前に何かあったらクラウディアに申し訳が立たない」
廊下から誰もいなくなると、エドアルドはため息を一つ吐いて部屋に戻ろうとして足をとめた。
そこには一枚の紙。
扉の下にある隙間から滑り込んできたのか、とエドアルドはサラを呼び戻そうとしたが紙の端に描かれた自分の名前に気づいて好奇心が勝った。
すまない、と謝りながら手に取って表を見ると男性の絵。
何となく見覚えのある服を着ていからこの絵の男が自分だとエドアルドは気づいたが、
「…顔が、ない」
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