第3話
「二人の王子様、第一王子のマルコ殿下と第二王子ファビオ殿下の御母君たちの争いはご存知ですよね?」
「それについては私の方からも事あるごとに諫めている」
正妃が病気で寝込むことが増えて以来、側妃同士の争いが激化している。
特に第一王子の産みの母であるマリエッタと、第二王子の産みの母であるソフィアの争いは激しい。
「そのお母君のご方針で、幼い殿下たちが一切の食事を禁じられていたことはご存知ですか?」
「……何だと?」
「毒殺を恐れたためです。回復魔法があれば死ぬことはないから、と」
信じられないことは脳が理解を拒否する。
唖然とするだけのエドアルドに侍女はため息を吐いた。
「それに気づいたクラウディア様は御子様全員の教育係を申し出ました。御存知ですか?当時三歳だったマリサ王女も食事を禁じられていました」
そう言った侍女はエドアルドを放って廊下に出て、廊下を歩いて隣の部屋に入る。
それを追ったエドアルドはまた驚くことになる。
「図書室に……厨房、だと?」
「御安心ください。クラウディア様のお作りになった道具で厨房の空気はこちらに来ないようになっております」
高価な書物の傷みを気にして発した言葉ではないが、そう取られても仕方がない言動を繰り返していた自分を思い出してエドアルドは口を噤む。
「この部屋はクラウディア様が殿下たちのために御用意なさった部屋です。食事をしながら学べるように、せめて日中くらいは安心して過ごせるようにと」
「図書室と厨房が欲しいと聞いたときは只の彼女の我が儘だと……専属の料理人を置いて贅沢をしたいのだと」
「誰がそんな考えを吹き込んだのか想像がつきますが、内宮の会計報告にそんな支出はありましたか?」
覚えがない。
この三十年、ここに厨房があることも忘れていたくらいなのだ。
「この厨房で料理を作っていたのはクラウディア様と殿下方です。食事を禁じられているのは毒殺の怖れがあるからだと、母君たちの方針を否定しないために全員で作ることを提案したのです。クラウディア様も殿下方も料理の心得はなく、皆様で手を傷だらけにして作っていましたわ……とても楽しそうに」
「そんな……あの女が?」
使われた跡のある厨房を見ながらエドアルドが呟くと、侍女が初めて不快感を込めた溜息を吐いた。
叱責されたような気がしてエドアルドは思わず姿勢を正す。
「陛下。普段陛下がクラウディア様をどう呼ぼうと勝手ですが、直ぐ傍で眠っていらっしゃる彼の方を、ご自分の妻を《あの女》と呼ぶのはどうなのでしょうか」
夫以前の問題である。
一人の人間として、当人が傍にいて《あの女》と呼ぶのは不愉快な行為だ。
「陛下、クラウディア様が貴方に何かをしましたか?貴方はご自分の目で、しっかりとクラウディア様を見たことがありますか?」
***
追い出されるように内宮から出たエドアルドが執務室に戻ると、連絡を受けた王子たちが城に戻ってくるという報告を受けた。
「クラウディア派を抑えるのに良いアピールになりますね」
マッテオは満足気だったが、エドアルドはその言葉に頷けなかった。
***
「戻った」
王城の正面につけられた大きな馬車が開くと、学院の制服に身を包んだ五人の少年と少女が出てきた。
最後にマリサがファビオの手を借りて降りると、それを確認したマルコが出迎えた侍従や侍女たちに向き直る。
「皆、仕事に戻ってくれ」
ぞろぞろと建物に戻っていく侍従や侍女たちの中で、たった一人動かない者がいた。
褐色の肌をした五十代の侍女の姿に五人が一斉に笑顔になる。
「サラ」
駆け寄った三人の王女を受け止めたサラは穏やかに微笑み、
「フィオレラ殿下、またお美しくなられましたね。イゾルデ殿下、今日も艶やかな御髪を素敵にまとめていらっしゃいますね。マリサ殿下、大きくなられましたね」
「サラはそんな声をしていたのね」
「ふふふ、話し方が王妃陛下みたい」
「サラ、私もお姉さまたちみたいに褒めてもらいたいわ」
むくれるマリサにサラは目を合わせて、優しく諭す。
「大きくなることは大切なことです。きちんと栄養バランスのよい食事を心がけていらっしゃいますか?クラウディア様が言っていたでしょう、美しさは内面からなのです」
大丈夫、というマリサの頭に少年が手を乗せる。
「マリサは学院の食堂に入り浸っては、メニューにあれこれ注文をつけているよ」
「まあまあ、兄上。おかげであの味気ないメニューから救われたのですから。私はマリサの食堂改革に深く感謝していますよ」
「私だって感謝しているさ。ただサラに、マリサが相変わらず食いしん坊だと報告しただけだ」
「マルコお兄様!」
じゃれ合う五人を遠目に見た侍従や侍女たちは驚いた。
母親たちは仲が悪い、悪いどころかお互いに命を奪い合おうとするほど殺気染みているのに、子どもたちは実に仲がよく見えた。
そんな子どもたちを遠目に見る者に、父であるエドアルドもいた。
彼は何も知らないことを痛感した。
子どもたち五人がこんなに仲の良いことを。
サラと呼ばれた侍女をとても懐いていることを。
「サラ、お母様にお逢いしたいわ」
子どもたちがクラウディアを『母』と呼んでいたことも。
エドアルドは何も知らなかった。
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