第2話

 アウレンティ城には国王と妃とその子どもたちが生活する《内宮》がある。


 エドアルドがこの国に来て直ぐ、クラウディオ王が突然崩御した。

 憎い仇の呆気ない死に呆然とする間もなく、二十四歳のエドアルドは二十歳のクラウディアと結婚して新たな国王になった。


 若い王として家臣たちはエドアルドを蔑んだが、フォンターナ王国では神童と名高く理想的な王太子として帝王学を学んできたエドアルドはあっという間に頭角を現した。


 先代クラウディオ王に媚び諂うだけだった臣下たちを徐々に入れ替え、腐敗した王城を刷新すべくエドアルドは奮闘した。


 エドアルドの改革の中に王妃権限の変更もあった。


 エドアルドは王位に就くと先王の娘で正妃であるクラウディアを政務や外交に一切関わらせない代わりに、クラウディアには内宮の管理権限を与えた。

 アウレンティ王国は女性の社会進出が遅れ、女性は家を守るべきという考えが強く根付いているため、エドアルドのこの方針は周囲からすんなり受け入れられた。


 内宮の一番手前にある部屋は国王であるエドアルドの部屋があり、そこを過ぎると妃たちの部屋が無数にある。


 一番奥にある部屋が正妃であるクラウディアの部屋だった。

 彼女は先王の時代からここに住んで、継母の間柄となる先王の妃たちの管理をしていた。


(相変わらず薄暗いな)


 王城で一番北にある部屋に続く廊下は冷たく、陰気だった。

 結婚式の夜、初夜だからと義務感でたった一回訪れた部屋は記憶にあるよりも寂しい雰囲気だった。



「王国の輝く太陽、国王陛下」


 先触れがあったのか、クラウディアの部屋の前では一人の侍女が立っており、驚いたエドアルドは思わず立ち止った。


 アウレンティ王国では珍しい褐色の肌をした侍女だが、それに驚いたわけではない。

 話すことが出来ないはずの彼女が声を出したからだった。

 


「私も未だ自分の声に慣れておりません」


 エドアルドの驚いた顔に気づいた侍女が小さく笑う。

 どういうことだ?と視線で問えば、


「先代が呪術にはまっていたのを覚えていますか?」

「ああ、あの男は永遠の命を欲していたからな。俺の祖国に攻め入ったのも、多くの命を生贄にして自分の寿命を長くするためだったな」


 下らない、と吐き捨てたエドアルドに彼女は苦笑する。

 そして自分の喉に手を当てて、


「私の祖国に攻め入ったとき、あの男は喉の病気を患っていました。そこで歌が得意だった王女の私を選び、私の声を呪術で封じたのです。あの男の血が絶えるまで終わらない永遠の呪いです」


 五十を過ぎた王妃よりも数歳上と聞いているが、彼女は澄んだ声をしていた。


 エドアルドも肌の色から自分と同じ異国民、それもアウレンティ王国が侵略した国のどこか出身だと思ってはいたが、あまりに非道な行いに花籠を持つ手に力がこもる。

 

「暴虐な奴らだ……この先の人生は自由にすると良い。このまま城に勤め続けても良いし、城を出たいならこの先の生活に困らないよう手配する」


 エドアルドの言葉に侍女は綺麗な笑みを浮かべた。

 ピリリと感じた殺意に近い敵意にエドアルドの眉間に皴が寄る。


「それらは全て、生前にクラウディア様が手配して下さいましたのでお気遣いは無用でございます」


 放っておいてくれ、と丁寧に言われた気がした。

 眉間に寄った皴は深くなったが、そんなエドアルドに素知らぬ振りをした侍女は一歩横に退くと、エドアルドの為に扉を開けた。


 初めてではないが、記憶の欠片にもない王妃の部屋。


 外の冷たい雰囲気とは想像がつかぬほど暖かい雰囲気で、緑が多くとても明るい。

 長い闘病生活で染みついたアルコールの臭いに、花の芳香が重なる。


「ははは」


 唖然としたエドアルドは、寝台の脇に所狭しと置かれた花籠に気づいて笑い声を漏らす。


 アウレンティ王国ではその死を悼むために贈る花は白と決まっている。

 それなのに寝台脇の花籠たちは赤や黄色など実に彩り豊かである。


「あの女が死ぬのを喜ぶ奴がこんなにいるとはな」


「御言葉ですが、この花籠たちは闘病生活を送るクラウディア様へと王子様方や王女様方が持ってきて下さったものです。自分が死んだからといって未だ生きている花を捨てるのは忍びないからと、枯れるまでこのままと指示を受けております」


「……王子たちが贈ったものだと?」


 エドアルドとクラウディアの間に子はいない。

 エドアルドが王となる条件が子を成すことだったため夫婦の義務は果たし続けたが、終ぞ子が出来ることはなかった。


 エドアルドがクラウディアと結婚してから数年後、王城内を掌握したエドアルドは側妃を数人迎えた。

 エドアルドの子どもである二人の王子と三人の王女は全員側妃たちとの子どもだった。



「クラウディア様は殿下たちの教育係でしたから……それはご存知ですよね?」

「当り前だ、自分の子のことだ。あの女がアウレンティ王国流に育てたいといって、反対する側妃たちを権力でねじ伏せて強行したと聞いている」


「その報告はマッテオ様から?殿下たちから聞いたのですか?」

「マッテオから聞けば十分だろう」


 マッテオはエドアルドの乳兄弟だ。

 あの日、フォンターナ王国が攻め込まれたときは隣国に行っていたため難を逃れ、風の噂でエドアルドがアウレンティ王国に連行されたと聞いて追って来てくれた忠義者だった。


「マッテオ様も悪い方ではないのでしょうが……まあ、もうどうでも良いことです。とにかくクラウディア様は殿下たちが学院に通える年齢になるまでご自身が教育係を務められました」


「その縁だと言うのか?そもそも、学院への入学だってあの女が勝手にやったことだ。幼いうちから管理の厳しい寮で生活させるなど、私がどんなに反対したか!」


 クラウディアは内宮の管理権限を最大限に活用し、国王であるエドアルドの反対をねじ伏せて王子たちを全員学院にいれたのだった。



「陛下、そうしなければ殿下たちは一人の漏れなく死んでいたと思いますわ」

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