第4話:思わぬ反撃

 マリーさんに教えてもらった情報を参考に、僕たちは幸運の猫亭に突入する。

 向かった先は酒場だから暴力沙汰は本来控えるべきものだけれど、相手は指名手配犯。油断はできない。

 それに……。


「げっへっへ、なんだい嬢ちゃんたち。この幸運の猫亭はお前たちにはまだ早いぜ?」


「それともおぢさんたちの相手をしてくれるのかなあ? にゃんにゃんにゃーんってよお」


「…………」


 この下卑た笑いはよほど酔っているのか、あるいは治安が悪いのか。とにかく、自衛に越したことはない。

 魔法を発動させるための杖は右手に備え、酒場を歩いていく。

 もっとも、王権の杖ロッド・オブ・レガリアは流石に持ってきていない。あれは詳細を鑑定中で、そうでなくてもこの場で使うのは仰々しいにも程がある代物だ。


「アドニスは……あの人か」


 騎士団の詰所で受け取った似顔絵を頼りに、アドニスを見つける。端正な顔立ちは一見すると清潔で、この場には似つかわしくない。

 しかし、丸テーブルに乗っている酒の量やアルコールで赤く染まった顔は間違いなく彼をこの酒場の住人であると証明している。

 それになによりも気になるのが、彼が自慢げに持っている杖。


自由と不自由の杖ワンド・オブ・リバティ・アンド・クリプル……!」


 アドニスは、自分が盗み取ったマジックアイテムを隠そうともせず、他の酔っぱらいたちに自慢している。


「貴方がアドニス……ですね?」


「ああ? なんだあ、俺のファンか? いいぜえ、可愛い子ちゃんは何人でも歓迎さ」


 万が一、違うことも考慮して恐る恐る確認するもわざわざ丁寧な言葉で聞く必要はなかった。

 しかし、ここまで堂々と盗みを自慢する彼が指名手配されるほどの厄介者とは思えないが……。


「そうね。私たちは貴方に用があるのよ」


 キーナは強い口調で問い詰める。焦る気持ちを抑え、周囲に警戒を配りながら一手一手を進めていく。


「悪いなあ、俺はリリパット族に興味はねえんだ。ちんちくりんがよお」


「ちんちくりんで悪かったわね! いいからその杖を返しなさい!!」


 警戒はあっさりと崩れてしまった。既に戦闘準備はしていた僕たちに対し、相手は酔っていたアドニス一人。これなら余裕……などということはなさそうだ。


「手前らの追跡はバレてんだよ。おい、野郎ども! 祭りだ、こいつらを好きにしていいぞ!!」


「っ! この酒場の人、全員がアドニスの仲間!?」


 酒場の住人たち……店主とアドニス合わせて6人ほどの酔っ払いは各々即席武器を持ってこちらを取り囲む。

 刃物は店主の包丁のみだが、それ以外も酒瓶や椅子、テーブルなど油断ならない装備だ。


「ええい、邪魔よ!! どいてなさい!」


「キーナ、なにか手はないの!?」


 徐々に包囲を狭めてくる酔っ払いたち。一方でキーナはリュートを鳴らす。彼女の呪文発動の合図だ。


「酔っ払いは寝てなさい! 誘眠スリープ!!」


「ぐおお、酔いが急に回ってきやがったか!?」


 巻き込まれた生物を眠らせる誘眠スリープの霧が周囲を包み込む。

 それは酔っ払い全員を無力化するに至り、そして幸いにも僕にまで効果を及ぼすことはなさそうだ。しかし、アドニスもそれは同様だった。


「演奏の呪文……吟遊詩人バードか! 厄介なことをしやがる」


「女の子二人を囲んで叩こうとするあんたほどじゃないわね!」


「覚悟しろ、魔力の矢マジック・アロー!」


 僕はキーナによって仲間を眠らされ、孤立したアドニスに向けて必中の魔力の矢マジック・アローを唱える。しかし、それらは彼にとって決定打にはならない。

 魔力の矢マジック・アローは必中ゆえ信頼性が高いが、一本あたりはさほど痛手にはなりにくい。

 以前のシニアスとの戦いでは炎の剣フレイムタンの不意打ちで大きな傷を受けていた彼へのとどめになったが、今回はそうはいかなかったわけだ。


「痛えが……この程度か? ゴスペルの英雄さんよ」


 警告されたとおり、このひったくり犯は只者ではないようだ。

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