第3話:シティ・アドベンチャー

 キーナの使った魔法、抱腹絶倒ラフネスで笑い転げるひったくり犯を捕まえて騎士団詰所へ引き返すと、そこで新事実と問題が発覚してしまった。


「杖を持っていない!?」


「ああ。俺の杖は――」


「貴方の杖じゃないでしょ」


「盗んだ杖は、仲間に渡したんだ」


 キーナに遮られながらも答えを続ける。僕たちは騎士団立ち会いのもと取り調べの部屋で犯人を問い詰めていた。

 が、肝心の杖は今はないらしい。


「仲間っていうのは」


「まあ、ただの昔なじみなんだが……アドニスという男だ」


「言っちゃっていいの?」


「口止めされてないしな。どうせあんた達相手なら捕まるのも時間の問題だろうし……」


 律儀なのか、白状なのかよくわからない男だ。しかし、お陰でもう一人の犯人の情報はわかった。


「居場所に心当たりは?」


「なんでそこまで教える必要が……痛い、痛い! 教えるから!!」


 仲間の名前出したくらいなんだから、これ以上隠す意味も薄いだろうにとぼける彼にキーナは関節をきめている。


「あー……気持ちはわかるが、尋問中の暴行はやめてやれ」


「あ、ごめんなさい」


 ほら、立ち会いの騎士も呆れてるじゃないか。


「それで、アジトとかないの?」


「アジトなんていうほど大層な場所じゃないが……俺が捕まった路地の近くの空き家でいつも集まってたんだ」


「空き家? 家はなかったような」


 僕はこの街の記憶はルールブックの設定以上はあまり持ち合わせていない。しかし、彼を捕まえたときに周囲に家らしいものは見当たらなかった。


「燃えたからな、魔神事件で。取り壊し済みで今は空き地だ」


「ああ……」


 シニアス神父が起こした事件の影響が、ここにもあったか。


「まあ、空き地でも集合場所は変わっちゃいない」


「じゃあ、そこに向かおうか」


 僕は聞くことを聞いたら急いで取調室を去る。今ならまだ、アドニスという男は見つかるはずだ。


「あっ、待って!」


 キーナも僕について来てくれる。これで百人力と言えよう。

 部屋の扉を閉め、詰所を出ていった……部屋の様子はもうわからない。


「……アドニス、もういないと思うんだが」


「やれやれ、街の英雄たちも慌て過ぎだな」


 呆れたその言葉は、僕たちの耳には入ってこなかった。


 それから、ひったくり犯……名前を聞いていなかったから、実行犯と呼ぼうか。

 実行犯の言っていた空き地を調べるもそこにはなにもなく。そして、誰もいない。


「遅かったか……」


「私、気づいたんだけどさ」


「なにか見つかった?」


「いや、そうじゃなくて。あの実行犯は杖持ってなかったみたいだし、アドニスはどこか別の場所に逃げたんじゃない?」


「他にもアジトがあったとか?」


「あるいは単に今も逃走中か……私達、焦ってあまり話聞かずに出てきちゃったね」


 キーナはあはは、と苦笑いする。


「どうする。取調室に戻る?」


「うーん、集合場所としか言ってなかったし他に思い当たる場所はなかったんじゃないかな?」


「じゃあ、やっぱりこれ以上聞いても無駄だった?」


「有益な情報はあったと思うから無駄ではなかったと思うよ。二人揃って先走っちゃったね」


 さて、どうしたものか。

 アドニスを捕まえるための情報は、一緒にいた騎士の人が続きを聞いてくれているだろうし、彼らに任せれば犯人は捕まるだろう。

 盗まれた杖も、あくまで拘束と拘束解除のためのもの。厄介ではあるが甚大な被害が出るというわけではない。


「私達、もう帰ろっか?」


「うーん……」


 実際、僕たちは十分仕事をした。これ以上関わる必要はあまりない。

 ただ……。


都市探索シナリオシティ・アドベンチャー……」


 つぶやく。

 都市探索シナリオシティ・アドベンチャーとはTRPGにおいて洞窟や神殿などのダンジョンではなく、街を舞台に調査して回る形式の冒険のことだ。

 つまり、今僕たちが出くわしている事件も一種の冒険。

 この事態に、不謹慎ながらもどこかワクワクしていた。


「えっ、なんだって?」


「ごめん、ちょっと心がね」


「沈んでるの? 実行犯に殴られた女の人ももう大丈夫だと思うけど」


「そうじゃなくて、弾んでる。ほら、これって冒険みたいだし」


「そういうこと」


 僕の言葉に、キーナもどこか楽しそうだ。


「じゃ、私たちももうちょっと頑張ろっか!」


 そういうわけで、僕たち2人の小冒険はまだ続いた。

 僕はキーナと手分けして聞き込みを始める。


 はじめは大通りで、通行人に聞いてみたり。


「すみません、アドニスという男を知りませんか?」


「アドニス? 知らないなあ。それよりアンタ、ファトゥムだろ? シニアス捕まえたときの話をしてくれよ!」


「ええっと……また今度で!」


 英雄視されているのか、上手く聞くことはできなかった。

 あるときは飲食店で、店員に聞いてみたり。


「あの、アドニスって人に心当たりは……」


「嬢ちゃん、例の神父を捕まえた子だろ? たくさん食ってけよ!」


「あ、ちょっと……ハイ、タベテイキマス」


 眼の前に出された大盛りの肉を断りきれず、食事で苦戦した。

 それからあるときは、酒場で昼から呑んでる壮年に聞いてみたり。


「アドニスって人知ってますか? あ、店員さん。この人にエールを大盛りで」


「嬢ちゃん若いのにわかってるじゃないか。おじさんと飲み比べといこうじゃないか!」


「僕まだ未成年ー!!」


 よくある酒場の作法として、酒を奢って聞き出そうとするも妙な飲み比べから逃げ出してしまった。

 またまたあるときは、服屋のおばちゃんに話を聞いてみたり。


「あの、アドニスって人を……」


「あらお嬢ちゃん可愛いねえ! この服着てみない?」


「え、ええー!?」


 おばさんと、ついでにやってきたお姉さんのきせかえ人形にされたりした。

 結局大した情報は得られず、僕はキーナと合流する。

 シティ・アドベンチャーって大変だ。


「はあ、なにもわからなかったよ」


「こっちも……って、ファトゥムその手にある紙袋なに?」


「ああ、これ? 服」


 中には可愛い系の服が詰め込まれている。さっきのお姉さんが買って、こちらに与えたのだ。


「わあ、可愛い。ファトゥムもこういうのに興味持ち始めたのね」


「違うわい! それで、どうする? 僕はもう疲れたよ……」


「最後にマリーさんにだけ聞いてみない?」


 マリーさんは冒険者ギルドの受付係。もしかしたら、彼女ならなにか知ってるかもしれない。

 一縷の望みを託して、僕たちは冒険者ギルドの仮設テントに向かった。


「アドニスって人を……」


「彼ならいつも、夜に幸運の猫亭っていう酒場に入ってるわよ」


「あれ、話が早くないです?」


「あなた達、あれだけ一生懸命に聞いて回ってたじゃない。私の耳にも入ってるわよ」


「あはは……」


 たしかに、街中駆け回って聞き込みしてればそれ自体が噂になるか。


「だから、アドニスもあなた達のことを聞きつけていてもおかしくない。別の場所にいるかもしれないし、あるいは返り討ちにする準備をしてるかもしれないから注意してね」


「止めないんですか?」


「冒険者止めてどうするのよ。これは依頼じゃないけど、大教会から出てる指名手配よ。どっちかというとライバルを気にしなさいな」


「指名手配?」


 思っていたよりも随分大事のような。


「ああ、アドニスっていうのは別件で色々やらかしていてね。暴力沙汰とか多いんだけど、姿を隠すのが得意みたいで肝心のところをなかなか捕まえられないのよ」


「あるいは、平気な顔して酒場の常連になってるあたりよほど“ごまかす”のが得意なのかもね。この国は他より清廉だけれど、どこにでも不正はあるってこと」


 キーナも補足する。なるほど、そういうこともあるのか……。


「ありがとうございます! それじゃあ、また」


 僕はキーナと幸運の猫亭に向かう。気がついたら既に日は傾いている。

 これからはひったくりの片割れ、アドニスとの戦いだ。杖はいつでも取り出せるようにしておこう。

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