第2話:抱腹絶倒の追尾劇
魔法の杖の力で拘束された僕たちは、結局ひったくり犯を逃してしまった。
こちらを心配する様子で、被害者の女性は近づいてくる。お腹を抑えている様子から、まだ殴打の痛みは続いているらしい。
一方こちらは既に、杖による拘束の力は解除されている。
「すみません、取り逃してしまって……」
「いいえ、こちらこそすみません。巻き込んでしまったようで」
お互い謝る形となってしまったが、犯人を放置するわけにはいかない。
向こうの事情は知らないが、悪党にマジックアイテムなんて持たせてもろくなことにはならないだろう。
「さっきの杖はなに? マジックアイテムみたいだけど」
同じく拘束が解けたキーナが問いかける。
「実は私はある人に杖を届けるよう頼まれただけでして……」
「ああ、あれは
杖を知らない女性に代わって僕が答える。あの杖の能力なら、L2のルールブックで知っている。
「
「よく知ってるね、ファトゥム。珍しい道具みたいなのに、どこで知ったの?」
「え、えーと……」
出典は答えられない。「この世界を記した異世界の本です」なんて言ってもね……。
「ファトゥム……もしかして、貴女がシニアス神父を捕まえた?」
「ああ、はい。そうですけど……」
「申し訳ございません! 実はあの杖、貴女への報酬だったんです!!」
魔神アザゼルの送還。そして犯人であるシニアス神父の捕縛には国から様々な報酬が与えられていた。僕たちは既に金貨という形で受け取っていたのだが、まだあったとは。
「大教会から、貴女に渡すようにとのことだったのですが……」
「いや、いいですよ。もう十分すぎるほど受け取りましたし」
「ですが……」
「だから、僕があの杖を諦めれば万事解決……」
と言いかけて横を見ると、キーナが半目で見据えてくる。
「というわけにもいかないんだよね。あのひったくり犯に杖を渡すと悪さしそうだし」
「つまり、犯人は私達が責任持って捕まえてくるわ!」
キーナは張り切ったように言う。
「でも、ひったくりはもう見えないけど何か策でもあるの?」
「ないわ……」
今度は僕が彼女を呆れた目つきで見る。ないのに約束したんかい。
「嘘、あるわよ。そんな目で見ないで」
「あるならもったいぶらないでよ。それで、策って?」
「実は、あのひったくりとすれ違う瞬間に匂い袋の香りをなすりつけてたの」
杖で拘束されてよくそんなことが……。
「私達2人を同時に縛ろうとするとしたみたいだけど、私の方は足しか拘束できなかったみたいなの」
「でも、匂い袋も香りももう途切れてるよ。キーナは嗅覚に自信が?」
「ワンワンっ!」
キーナは突然犬の鳴き真似をする。
「お手……じゃなくて」
「もちろん、私の嗅覚は人並みよ。だから、犬を頼るのよ」
「なるほど、その手が」
「あの匂い袋、追跡用に珍しい香りにしてるから、教会で育ててる警備犬なら追ってくれるはずよ」
「じゃあ、大教会に行こうか」
それから僕たちは、街の中央にある大教会に向かった。ここに訪れるのは祝賀会以来だ。
あのときは事件の解決を祝福するために来たけれど、今度は逆。
ひったくりとはいえ事件を解決するためにここに来た。
「というわけで、警備犬を借りたいのですが……」
突然の来訪に驚く司祭に僕は事情を説明して警備犬を貸してもらった。
警備犬はよほど鼻に優れているのだろうか、キーナの匂い袋を嗅いだら一直線に走り出す。
「ま、待って!」
「犯人は待ってくれないわよ!」
街を駆け抜ける警備犬を追いかけて僕とキーナも走り出す。
犬は流石に早いが、僕たちもそれを見失う訳にはいかない。
そして警備犬を追っていった先、瓦礫の山と山をすり抜けていった路地裏に彼はいた。
「ひっ、あっち行け!!」
フードを被った男性は、匂い袋の香りを追いかけてきた犬に腕を噛まれ、振り回している。
一方で警備犬は男性を逃さんと必死にしがみつく。
「……じゃれてる?」
「じゃれてねえ!! って、追っ手か!? クソッ!!」
男性は警備犬に腕を噛まれたまま逃亡を再開する。
犬を振り払おうとする男の姿に、どこか毒気を抜かれてしまった僕に対し、キーナは背中に担いでいたリュートを手にとって、鳴らす。
「ボケてないで捕まえるわよ!
「ひっひひひ! な、なんだこれは!! 笑いがこみ上げてくる!!」
シニアス神父には魔法の力そのものをかき消されたり、
ただのひったくり犯には通じてくれたようだ。
「ぶわっはっはっは!! おかしい、助けてくれ!!」
次第に犯人の男性は文字通り腹を抱えて地面に横たわる。それでもなお、笑い続けて身動きがとれないのがこの呪文の恐ろしいところだ。
「さあて、覚悟しなさいよ」
犯人を追い詰めるキーナの表情は、相手を笑わせるという滑稽な呪文とは裏腹にどこか恐ろしいものを感じてしまった。
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