第1.5章:買い出し中のトラブルは突然に

第1話:復興中の町中にもひったくり犯はいる

 ゴスペルの街で起きた魔神召喚事件から数日後、僕たちは港町セレーネへの旅に向けた準備をしていた。

 ゴスペルからセレーネに向かう馬車は2種類あったのだが、今は両方とも運行が停止している。

 目的地が壊滅しているから当然だが、そこを経由している街自体も滅んでしまっているのだ。

 そんなわけで、僕たちはこれからの旅を徒歩で行うことを強いられてしまっている。


「生前に女の子と一緒に買物をすることはなかったけど、まさかここで体験するとは……」


「なにか言った?」


 隣には一緒に旅をする仲間の吟遊詩人バードのキーナ。彼女は成人済みでも子どもと変わらない外見の種族、リリパット族の女性だ。

 一見すると今の僕よりも幼い少女だが、ヒューマン――地球の人間相当の種族――に換算すると20歳なので年上と見ていいだろう。

「街の復興、進んでいるようだね」


「そうね。たくましいことで何よりだわ」


 ゴスペルの街は魔神アザゼルによって壊滅的な打撃を受けたが、その日のうちには死体処理が完了。

 瓦礫はまだ残っているが、焼け落ちてしまった家屋は安全のために一度取り壊して修復中だ。

 今では主要施設や店舗などは仮設テントや急増の小屋を提供されて運営している。

 僕たちも本来泊まる予定だった冒険者ギルドが焼け崩れているため、仮設の宿泊施設で寝泊まりさせてもらっている。


「宗教国家なだけあって、福祉は行き届いているね」


「そうね。いつも安全というわけじゃないけど、そこは安心できるわ」


「まあ、ただで使わせてもらうのも心苦しいからこうやって街の警邏けいらを手伝ってるわけだけれどね」


 そういうわけで、僕たちはボランティアとして街の見回りも兼ねていた。まあ、それも買い物ついでなのだが。

 ただ、街の様子は混乱が少なく、平和な様子。魔神の被害があってなお強く生きているのは素晴らしいことだろう。

 調達予定の冒険道具も、一通りは準備できそうだ。


「ロープ、長棒、松明。それに水袋と非常食。キーナ、他になにか必要なものはあるかな?」


 これからの旅に向けて購入した道具を確認する。こういうのは最終的には旅慣れてそうなキーナの意見を聞いたほうがよさそうだ。

 が、キーナはなにか考え込んでいる様子。


「それにしても、うーん」


「キーナ?」


 キーナは僕を見上げながら唸る。なにか気に触ることでも言ってしまっただろうか?


「ど、どうしたの?」


 キーナは僕を頭から足まで眺めて、それから言い放つ。

 髪は薄桃色のロングヘア。短く切ろうとしたが、キーナに全力で止められた。おまけに黄色いリボンまで結ばれてしまった。

 服は薄水色のワンピース。魔神送還の祝賀会で譲ってもらった服だけれど、いい加減男らしいとまではいかずとも中性的な服を着たい。それも、キーナに止められているけれど。

 ワンピースなのでズボンを履くわけにもいかず、フリフリのスカートだ。

 靴は革靴。流石に冒険者がハイヒールで旅するわけにはいかないので、ここだけは女性らしさを意識しないものを選べた。

 というか、全体的に冒険に出る服装ではない気がするのだが……そもそも僕は妖術師ソーサラー。鎧はまったく着こなせないため、戦いの邪魔にしかならない。


「いや、気のせいよね。貴女はいつものファトゥム、女の子らしさが妙に欠けるファトゥムよ!」


「それ、どういう意味!?」


 たしかに僕はこの世界ロスト・ロウに転生する前は、菅原拓海すがわらたくみという男子高校生だった。

 だから、ファトゥムという少女の肉体を持っても女の子としての意識は非常に薄い。というかない。

 そのため、女の子らしくないと言われても傷つくことはないのだが……なんか気になる。


「ねえ、キーナ。なにかあったの?」


 キーナの様子は祝賀会の後から少しおかしい。

 だから僕は尋ねる。一方キーナはどこか言いにくそうな表情をして……それから、驚いた顔になる。


「キーナ、突然どうしたの!?」


「ファトゥム、そんなことより後ろ!」


「えっ?」


 振り向いた先に見えたのは、ひったくり犯。ここからでは性別も種族もわからないが、彼は被害者の女性の腹部を殴打してからこちらに向かってくる。

 ものを盗まれた彼女も、鈍い痛みで咄嗟に声を上げられなかったのだろう。


「この世界にもひったくり犯なんているんだ……じゃなくて、追わないと!!」


「警備は……みんな忙しそうね」


 今この街は魔神の被害から復興している最中さいちゅう。本来窃盗犯を捕まえるような人員は皆、復興に回ってしまっている。

 それに、現場の間近にいる僕たちが動けるならここで助けに行くべきだろう。

 だから、僕たちは犯人を逃さないように正面を塞ぐ。


「待て!」


 少女とリリパット族。小柄な体躯で塞いでも妨害にはなりにくいが、それでも……。

 と、その時。ひったくり犯は盗んだ道具……小杖ワンドをこちらに向けてつぶやく。


「“動くな、止まれ”!」


 起動文コマンドワード。彼が盗んだのは、マジックアイテムだ!


「う……!」


「身体が動かない!?」


 杖先から放たれた光線を浴びた僕とキーナは魔法の力で束縛され、まんまとひったくり犯を逃してしまった。

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