第10話:ファトゥム

 魔神アザゼルの送還、そして魔神召喚で街を壊滅させたシニアス神父の討伐を祝福し、街では簡素ながら祝賀会が行われていた。

 街の英雄となったファトゥムとキーナも当然招待されているのだが、キーナは吟遊詩人バードとして宴会に慣れてはいるものの流石に疲れたのか、一度パーティから席を外していた。

 祝賀会の行われている大教会から離れ、彼女は街を歩いていた。


「ここも悲惨ね……滅ばなかっただけマシだと思うけど」


 瓦礫、瓦礫、瓦礫の山。魔神による蹂躙はそれだけ激しかったのだ。家屋も木造のものは多くが燃え落ちてしまった。

 衛生面、そして万が一にも死霊術に悪用されないようにとの観点から、死体だけでも処理したのは賢明と言えよう。

 あるいはこれだけの被害があって、その日のうちに対策と復興を開始できたのはそれだけ国が優れている証なのかもしれない。


「それにしても、みんなたくましいわね」


 夜空を見上げながら、小柄な彼女はつぶやく。不完全な魔神召喚で街は大打撃を受けたとはいえ、結果的にはなんとか救われた。

 一方で、キーナの故郷セレーネは未だ海からの脅威に抵抗を続けている。


「セレーネも、きっと……それにあの子も」


 そこまで喋って、側に立つ少女の姿に気づく。

 ファトゥムだ。彼女とは知り合ってまだ日が浅いが、お互いに修羅場をくぐり抜けた戦友と呼べる存在。

 成人しても子どもと変わらない容姿のキーナは、まだ未成人とはいえハーフエルフの少女相手には見上げながら会話する形になる。


「キーナさん、この度はありがとうございました」


「どういたしまして……あれ、貴女そんな喋り方だったかしら?」


 よく見ると、服装も祝賀会までとは少し違う……のは、当たり前だろう。ファトゥムはシニアスとの戦闘で焼け焦げ、服は有志の住民が提供した薄水色のワンピースに着替えたからだ。

 元々着ていた白いワンピースも清楚な雰囲気を強調していたが、孤児で囚われだった故にボロボロだった。新しい服は、彼女の魅力をより強調している。

 もっともそれに魅了されたのか、ファトゥムがおばさんやお姉さんたちのきせかえ人形にされていたことは記憶に新しいのだが。


「ええと……気のせいじゃないでしょうか?」


「そう? それにしても貴女も大変ね。孤児院出身ならこういう催し物にも慣れてないでしょう?」


「そうですね。粗相をしてしまったのは予想外でしたが」


「あはは……それよりも、男子トイレから出てきたほうが心臓に悪いって。女子トイレも空いてたでしょ?」


「え、ええ……どうしてでしょうね?」


「後から入ろうとした騎士の人、びっくりしたって言ってたわよ」


「それはすみません」


 ファトゥムは苦笑いする。

 確かにファトゥムは一見すると可憐な少女ながら、自分のことを“僕”と呼んだりとどこか少年のような振る舞いをする不思議な娘だ。

 しかし、だからといって男子トイレに入るのは信じられないだろう。


「次は、セレーネの番ですね」


「そうね。私の故郷、絶対に取り戻すわ」


「取り戻せますよ。貴女と、彼ならきっと」


 ファトゥムの声は遠ざかっていく。パーティ会場に戻るのだろう。

 しかし、その言葉には違和感を残した。


「彼?」


 キーナが振り向いたときには、そこには誰もいなかった。


「リーダーのことかしら? 改めて考えると、ファトゥムも不思議よね」


 妖術師ソーサラーは得てしてそういうものかもしれないが、ファトゥムは一段と特殊だ。

 下手な占術使いの魔術師より先を見通しているような、それでいて何も考えない向こう見ずのような。


「ま、悪い子じゃないしいっか。一緒にいて楽しいしね」


 元来おおらかな性格であるキーナは、それ以上気にすることはなかった。

 夜は更けていく。滅亡の危機を逃れたこの街は、明日に向かって復興を始めるのだろう。

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