第9話:安寧はまだ遠く
「ふう、疲れたー」
僕とキーナは、教会であったことを確認するために騎士団の詰所で事情聴取を受けていた。そして、それから解放されたのが夜。
シニアスとの決戦が終わったのが昼過ぎだったので、6時間は拘束されただろうか。もっとも、向こうもこちらがボロボロだった様子を察して休ませてくれたけれど。
「私は様子見だけで済ませるつもりだったから、まさか魔神相手に大立ち回りするなんて思わなかったわよ」
キーナも愚痴をこぼす。向こうからすれば、僕の勝手な責任感に付き合わされた形だし仕方のないことだろう。
おかげ詰所から出てからこれまで「向こう見ず」とか「蛮勇」とか色々言われたけれど。
「それはそうと、僕たちはこれからどこへ?」
寝泊まりするための冒険者ギルドも、今はない。魔神アザゼルによって焼かれたからだ……一瞬でも遅れると僕も焼かれていたけれど。
「冒険者ギルドの仮設テントよ。大教会からは炊き出しもやってるし、寝るための家屋もあるの」
「準備がいいなあ」
「この国は魔物の被害も多いし、隣の国に攻められることもあるからね。ここみたいな大きな街なら非常時の訓練もしてるのよ」
隣の国というのは、トランシア教国から山を挟んだ先にあるアイゼン帝国という国だ。
彼の国は鉄が多く採れ、優れた軍事力で多くの属国を持つという。
「でも、キーナはここ出身じゃないんでしょ? セレーネではどうだったの?」
「…………」
と、ここまで聞いてしまってハッとする。
キーナの故郷セレーネは、既に滅んでしまった。無神経すぎたか。
「ご、ごめん。聞かなかったことにして」
「いいよ、別に。私も気にしてないわけじゃないけど、他にもっと気になることがあるから」
キーナは実のところ、セレーネが滅ぼされる前に親友が攫われる事件に遭遇していた。その事件はPC……キャンペーンの冒険者たちが解決していたのだが、この世界に解決できる冒険者はいなかった。
彼女は、親友の行方を探しているのだろう。
「セレーネも大きな港町だったからね。定期的な避難訓練とかはやってたのよ。でも、あいつらには羽虫ほどの抵抗にしかならなかった」
「海から現れた悪摩……」
「そう、それ。あの悪摩たちは数が多いしどこから来てるのかわからなくて、街の冒険者を集めてもジリ貧だったのよ」
「今は、どうなってるの?」
滅んだと言われるセレーネにも、キーナという生き残りはいる。つまり、他にも誰かが活動していてもおかしくはない。
「クラス持ちを中心にレジスタンスを結成しているわ。防戦一方だけれど、彼らなら持ちこたえてくれるはず」
そう答えるキーナの目は、信念に満ちていた。
クラス持ちは僕のような
クラス持ちでなくてもクラス相当の力を持っている人物は多いが、本当に
「特にリーダーは指揮官として優れた
「まあ、私も目的は一つ達成したし、そろそろ帰らないとだけどね。貴女はどうするの?」
「僕は……」
この世界に来てからまともに休める機会はなかった。ここで、彼女と分かれてゴスペルで冒険者として過ごせば、大変ながらもある程度は無難な生活を送れるだろう。
それどころか、騎士団は僕に対しシニアス討伐の報奨を与えるとも言っていた。英雄としての未来もある。
でも……。
「セレーネは今、大変なんだよね」
「そうね。仲間たちが踏ん張ってるところよ」
「前に、事件が沢山起きてて解決できる冒険者もいないって言ってたよね」
「不自然なくらいに多いのは確かね」
「じゃあ……」
僕は決心する。
なぜ僕がこの世界に来たのか。なぜこの世界で僕のキャンペーンと同じ出来事が起きているのか。なにもわからない。
だけれど、このままでは多くの悲劇が引き起こされるのはたしかだと確信できる。
本当にキャンペーンの通り事件が起きるなら、魔神アザゼルだけで終わりではないのだから。
「僕も、セレーネに連れて行ってほしい」
「ファトゥムも?」
キーナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「僕はほら、孤児だし……それに、ゴスペルを助けてくれたなら次はセレーネの番だしね」
もっともらしい言い訳。セレーネを助けたいのは事実だけれど、本当のことは言えない。今はまだ、本当のことを明かすには早いだろから。
「そう。じゃあ、一緒に行こっか!」
ただ、キーナは僕の言葉を聞いて明るい表情を見せてくれた。
それは、はじめて出会ったときからどこか暗い顔を続けていた彼女が見せる、太陽のような笑顔。
「そのためにも、まずはしっかり休んで準備しないとね!」
僕はこれから、異世界で旅をする。
数々の事件で混乱するこの世界での冒険。それを思うと、不謹慎ながらワクワクは抑えきれなかった。
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