第8話:隠しアイテム

 砂埃で喉がむせる。

 シニアスの火球ファイア・ボール――一流の魔法使いが使う3レベル呪文――はあまりにも強力で、僕は床ごとどこかに吹き飛ばされたらしい。

 そして、気絶していた。なんだかこの世界に来てから、まともに寝起きしていない気がする。


「どのくらい気を失ってたんだろう……キーナは無事かな」


 魔神アザゼルを元の場所に送り返す呪文、送還リパトリエーションが記された巻物を持たせて逃げてもらったけど、火球ファイア・ボールの一撃で僕が吹き飛ばされた以上、次の狙いはキーナだ。


「というか、ここはどこなんだ……」


 生きていること自体運がいいのだけれど、身体はズキズキ痛む。ゲームだったらHP1といったところだろう。

 しかし、この場所に見覚えはない。頭上を見上げると、上はシニアスの部屋だったことだけはわかるけれど……。


「キャンペーンでこの部屋について設定した記憶、ないんだよな……」


 薄暗い部屋を暗視頼りにまさぐっていると、なにかが手に触れる。


「うん、これは?」


 王様が所有していそうな、豪奢な飾りのついたメイス


「仮にも教会に置いとくにしては、質素感がないというかえらく華美というか……あ」


 もしかして、これは。


王権の杖ロッド・オブ・レガリア!?」


 王権の杖ロッド・オブ・レガリア。L2というゲームでは、多数の魔法の道具マジックアイテムが用意されている。

 マジックアイテムも希少度は様々で、普遍的コモンなものから知られる範囲で最も希少な伝説級レジェンダリーまで分けられている。

 実際には、より希少というか……存在そのものが世界情勢を揺るがすような遺物アーティファクトというのもあるのだが、あれはあれで見つけると厄介なことになりかねない。


「レジェンダリーアイテムが、こんなところに?」


 ここで見つけた王権の杖ロッド・オブ・レガリアはまさに伝説のマジックアイテムで、単に魔法の力を強めるだけでなく6つの変形機能に3つの特殊能力を兼ね備えたチートアイテムと言っても過言ではない。

 僕……ファトゥムが生贄にされるシナリオはクライマックスとはいえまだ序盤。そんな時期にこのような代物を用意するわけがない。

 だから、考えられるのは……。


「公式キャンペーンのアイテム?」


 父さんが持っていた、昔のL2で遊ばれていた公式キャンペーン「聖教国の闇」。それはここゴスペルを舞台とした物語で、都市全体を使った大きな陰謀を打ち破る都市探索シナリオシティ・アドベンチャーでもある。

 その中でこの異端教会も、神父こそシニアスではないが登場していた。まあ、「聖教国の闇」の教会マップを使わせてもらっただけなんだけれど。

 とにかく、僕のキャンペーンでは序盤のダンジョンだったこの教会も「聖教国の闇」では終盤のダンジョン。だから、その隠し部屋に伝説のマジックアイテムが隠されていたのだろう。


「これがあれば、あるいはシニアスにも!」


 僕は偶然にも手にした王権の杖ロッド・オブ・レガリアを持って、地上へ上がる。

 あまり深い場所に落ちなかったのが不幸中の幸いだ。


「見当たりませんね……流石にあの火球ファイア・ボールを受けては生きていませんでしょうけれど、これでは生贄にもできない」


 部屋の中を調べるシニアスは、破壊された床から覗き込む僕にまだ気づいていない。

 不意打ちするなら……。


「今のうち! “灼け、太陽の蛇”!!」


 王権の杖ロッド・オブ・レガリアの変形機能を使うには、起動文コマンドワードを唱える必要がある。

 コマンドワードは同じアイテムでも個体ごとに文言が違うため、王権の杖ロッド・オブ・レガリアの機能を理解していても使いこなせるとは限らない。

 幸い僕は父の持っていた「聖教国の闇」を軽く読んでいたお陰で、2つくらいなら覚えている。しかし、それ以上は忘れてしまった。


「なっ、貴女は!」


 シニアスは僕の生存に驚いたのか、完全に出遅れている。その隙を突いて、メイスを横薙ぎに振り抜く。

 メイスはコマンドワードに答え、先端が変形し刃となる。そして、刃からは灼熱の炎が噴出する。

 炎の剣フレイムタンの炎はしなり、咄嗟に後ろへ避けたシニアスの腕を焦がす。


「……ファトゥム、貴女に剣の才能があったとは思いませんでしたよ」


 それは僕も驚きだが、実のところファトゥムに剣やメイス使いとしての才能はない。冒険者カードにも記載はされていなかった。

 生前含めてはじめて剣を触って、正確に振るうことができたのも王権の杖ロッド・オブ・レガリアが持つ特殊能力のおかげ。

 この杖は、コマンドワードを必要としない常在型能力として使用者に杖の形態に応じた武器の技能を持たせる。便利なものだ。


「しかし、貴女が生きていてくれてよかったですよ」


「それは、博愛の心から?」


「ええ。貴女はアザゼル様に捧げる大切な生贄ですから」


「反吐が出るよ」


「それはお互いに……神秘光ミスティカル・ビーム


 シニアスが反撃に出ようと、呪文を構える。神秘光ミスティカル・ビームはキャントリップに分類される初歩的な呪文。

 本来の性能は高位の魔法ほどではない。しかし契約者ウォーロックの能力はその性能を大きく引き上げて、何度でも気軽に撃てる必殺魔法としている。

 いくら強力なマジックアイテムを手に入れたとて、僕自身の能力は変わらない。アレを受けては今度こそ死んでしまう。

 しかし、そのマジックアイテムは僕を救う手段を持つ。


「“ひれ伏せ、王の威光に”!!」


「なっ、これは……貴女、なにをしました!?」


 炎の剣先を向け、コマンドワードを唱える。

 王権を示す杖の威光。それは、敵対するものに潜在的な恐怖を植え付ける。

 突然感情を揺さぶられたシニアスの魔法は、明後日の方向へ飛んでいく。


魔力の矢マジック・アロー。全部、シニアスに飛んでいけ!!」


 困惑するシニアスに対し、こちらは必中の矢で穿つ。やつは魔力霧散カウンタースペルで無効化することはできない。

 契約者ウォーロックは潜在的に魔力臨界点マナ・キャパシティが伸びにくく、彼の能力では1日2回しか高位の魔法は使えないからだ。

 キーナの抱腹絶倒ラフネスを打ち消すために1回、そして僕を吹き飛ばすために1回でもう彼も限界を迎えていた。

 一方、気絶とはいえ一晩十分休んだ僕のマナ・キャパシティはまだ余裕がある。

 そして、王権の杖ロッド・オブ・レガリアで強化された魔力の矢マジック・アローはシニアスにとって致命的な攻撃となってくれた。

 勝負はこれで、決したのである。


「ふう、それにしても……疲れたな」


 気絶したシニアスを縄で柱にくくりつけると、僕はその場に座り込む。

 気がついたら外での戦闘は静かになり、窓の外から魔神が見えることもない。

 キーナも、やってくれたのだろう。


「こちら神殿騎士団だ! シニアス、覚悟しろ!!」


 外から騎士団の人たちがぞろぞろとやってくる。

 しかし、彼らもこの状況に困惑している。まあ、囚われていると思っていた少女が無事……ではないが、生きている一方でシニアスは気絶中。

 逆転した立場を理解できないのも仕方があるまい。


「あ、騎士団の人たちこっちでーす」


 仕方がないので、僕は事情を説明した。ともあれ、これで事件は一件落着だ。

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