第7話:暗黒神父シニアス

 二度目の教会入りを果たした僕とキーナ。

 入り口はあれから変わっておらず、講壇下の階段もそのままだ。


「そういえば、えーっと……」


「なんでしょうか?」


 キーナは話しにくそうな表情でこちらを見る。

 リリパット族のキーナはエルフと違って暗視能力を持たない。だから光明ライトの呪文で矢筒を光源にしているのだが……光に照らされながらこちらを見上げる様子は少し不気味だ。


「そういえば、名前聞いてなかったなって」


 そうだ。そして、それはお互いに。

 僕は一方的にキーナのことを知っているけれど、向こうからすれば自己紹介もまだなのだ。


「すみません、僕は……ファトゥムです」


 ちょっと詰まる。拓海と正直に言っても話がこじれるだけなので、ここはファトゥムの名前を借りておこう。


「私はキーナ……まあ、貴女は私の名前知ってたみたいだけど。吟遊詩人バードのクラス持ちよ。それと、敬語はいいわよ。面倒だし」


「それじゃあありがたく。ええっと、こっちは妖術師ソーサラー。まだレベル2だけど」


「私もレベル2だからお互い様ね。それじゃあ、これ」


 キーナは小さな棒を手渡す。

 漆喰の木でできていて、今まで使っていた鉄棒と比べれば立派なものだ。


「これは?」


「魔法使いみたいだし、小杖ワンドないと困るんじゃない? というか貴女、何も持ってないじゃない」


 ゲームだったら、魔法使い系のキャラクターははじめから杖やクロスボウを持っていたのだけれど、囚われの身だった僕はそうはいかない。今までは鉄棒でやりくりしていたけれど、流石に重い。


「ありがとう。持ち合わせはないけど……」


「いいよ、知ってるし。それに、これも拾い物だしね」


「火事場泥棒……」


「こんな状況だし、放棄された道具くらい使わせてもらいましょ」


 故郷を滅ぼされた彼女だが、意外に強かな様子で安心した。


「それで、巻物だっけ。なにか宛はあるの?」


「神父の部屋にあるはず」


 送還リパトリエーションはあくまで神父にとっては保険の道具。だから彼にとっては優先度はさほど高くない。

 だが、それはそれとして安心できるものは身近に置いておきたいものだ。


「じゃ、まずはそこを調べよっか」


 それから僕たちはシニアスの部屋を調べる。しかし、そこには何もなかった。


「あ、あれ~?」


「ないわねえ。別の場所かしら?」


 そんなはずはない。キャンペーンでは送還リパトリエーションの巻物はここに配置したし、PCたちがいない以上持っていく人もいないはずだ。

 想定外の事態に焦っていると、部屋の入口に人影が現れる。


「おや、また来たのですかあなた達は」


「シ、シニアス!!」


「この部屋を漁っているのは、ただの泥棒ではありませんね?」


 シニアスはこちらの狙いに感づいている。


「あなた達が探しているのは、これでしょう?」


 腰に下げていた鞄から巻物を取り出す。詳細は不明だが、ハッタリでなければ送還リパトリエーションのものに違いない。


「どこで巻物のことを知ったのかはわかりませんが、目の前に来てくれたなら好都合です」


 シニアスは太杖スタッフを構え、殺意を飛ばしてくる。

 キーナは左手に細剣レイピア、右手にリュート――吟遊詩人バードは杖の代わりに楽器で呪文を制御する――を用意する。

 僕は……初戦闘を前に、身動きが取れない。


「ファトゥム! 来るわよ!!」


 キーナに言われ、ようやく渡されたワンドを構える。


「冒険者の手伝いを始めたとはいえ、ファトゥムは甘いですねえ!」


 シニアスの杖がこちらに向けられると、そこから光がバチバチとした音を立てて照射される。

 神秘光ミスティカル・ビーム契約者ウォーロックの基礎的な攻撃手段であり、必殺技とも呼べる呪文。

 それが、顔の横スレスレを通り抜ける。背後の壁に直撃した光線は、大きな音を立てて壁を破壊する。

 その瓦礫が、今度は後ろから僕の横を飛んでいく。

 あれは、ヤバい。鎧なんて着ていない僕が当たったら即戦闘不能。今度こそ、生贄にされる。


「おや、外れてしまいましたか。私もまだまだですねえ」


「っ! 抱腹絶倒ラフネス!! 笑い転げてなさい!!」


 キーナが唱えたのは、相手の感情を揺さぶって爆笑させる腹筋崩壊呪文。

 攻撃性は一切ないが、抵抗セーヴィング・スローに失敗すればなにもできなくなってしまう、恐ろしい魔法だ。これが決まれば、それで全てが決すると言ってもおかしくはない。

 しかし……。


魔力霧散カウンタースペル。いやあ、怖い怖い。笑ってる間に見逃すだなんて愚かなこと、私にはできませんよ」


「そんなっ」


 魔力霧散カウンタースペル。打ち消し呪文とも呼ばれる、魔法を無力化する非常に強力な呪文だ。

 いくら強力な魔法の力であっても、発動を妨害されては意味がない。


「でも、もう1回! 抱腹絶倒ラフネス!!」


「飽きないですねえ。私はもう飽きましたよ」


 もはや妨害すら必要ない。魔の存在から加護を受けた契約者ウォーロックは、それだけで妨害に強く出られる。

 そもそもの相性が悪かったのだ。

 なにか、せめてシニアスから巻物を奪う手段だけでもなければ街が蹂躙されてしまう。


「う、ん……?」


 僕の目についたのは、シニアスが腰に下げている鞄。そして、そこから出ているのは先程見せてきた巻物。

 シニアス本体はともかく、鞄くらいなら僕でも破壊できる手段はあるのではないだろうか?


「試してみるしかない、よね」


「何をブツブツ言っているんです? 恐怖でおかしくなりましたか」


 シニアスはこちらを煽るが、知ったことではない。


魔力の矢マジック・アロー! 鞄を狙え!!」


「まさか!!」


 必中の魔力の矢マジック・アロー。狙った敵を追尾して確実に攻撃を加える三本の魔法の矢は、狙い通りシニアスの鞄へ飛んでいく。

 そして、鞄は破壊され、中に仕舞われていた巻物が飛び出る。


「このまま……不可視の手インビジブル・ハンド!!」


 目に見えない魔力の手。それを操り巻物を奪い、手元に寄せる。


「ファトゥム、やったわね!!」


「ああ! だけど、向こうは許してくれないみたいだよ」


 シニアスを見る。彼は、怒りに震えているようだ。

 シニアスからすれば、ただの生贄に過ぎない小娘にしてやられたのだから当然だろう。


「おのれ、おのれおのれ!! それを返しなさい! さもなくば、死ね!!」


 シニアスの持つスタッフの先に、高熱のエネルギーが収束する。これは……ヤバい。さっきの神秘光ミスティカル・ビームなんて目じゃないくらい強烈な魔法が来る。

 だから、僕はせめてできることをする。

 シニアスの狙いは、自分をコケにした僕だ。だから、とっさにキーナに狙いを変えることはあまりないだろう。


「キーナ、これを持って街へ! 早く!!」


「これって……巻物! ファトゥムはどうするのよ!?」


 キーナは先に逃げろと言われ、困惑するがこちらも説明する余裕はない。

 だから、言えることだけ言う。


「一緒に行ったらキーナも巻き込まれるから……祈って!!」


「祈って!?」


「遺言はすみましたか? では……」


 爆熱のエネルギーが投射される。これは……終わったかな?


「ッ! 死んだら許さないわよ!!」


 キーナはシニアスとすれ違い、そしてそのまま外へ逃げていく。

 これでいい。これで、せめて街の被害はこれ以上でなくて済む。


火球ファイア・ボール


 シニアスのスタッフから、魔力が解放され大きな火球を形成。そのまま、それが僕に向かってくる。

 後で聞いた話によると、その爆破跡には誰も残されていなかったという。

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