第6話:悲劇は後の祭り

「あれ、ここは……」


 窓から差し込む朝の日差し。

 気がつくと、僕はどこかの家で目を覚ました。よくよく部屋の中を見回してみると、全く見覚えがない場所というわけではなかった。

 そこは教会から逃げ出して、また教会に侵入するまでの間にいた冒険者ギルドの宿。


「夢、じゃなかったんだ……」


 ため息。

 これまでの出来事がすべて夢であれば良かったのだけれど、そんな現実こそ夢で終わってしまっていた。

 異世界転生。それも、TRPGで自分が考えていたキャンペーンの物語に、生贄の少女ファトゥムとして転生。

 更には本来事件を解決するはずのキャラクターたちも不在で、魔神アザゼルはシニアス神父によって予定調和のように召喚される。

 これは一体、どう受け止めればいいのか、頭を抱えて思い悩んでいると、扉がノックされる。


「だ、誰ですか?」


 胸のうちに抱いたのは、不信と恐怖。もしも、シニアスが僕を生贄に捧げようとしてここまでやってきたら、と思うと気が気でない。

 しかし、その疑心は徒労で終わった。


「私。キーナだよ」


 キーナ。子供のような姿のリリパット族であるバードの女性。そういえば彼女はシニアスを追っていたように思えた。

 彼女なら、少なくとも魔神に関しての相談はできるのではないだろうか?


「入ってください」


 僕は彼女を部屋に招き入れる。男女2人で同じ部屋とかはもう考える余裕もない。

 扉を開けて入ってくるキーナの表情は一見すると昨日と変わらず朗らかだが、真剣な空気をまとわせている。


「やっ、調子はどうかな?」


 調子……そういえば怪我一つない。僕は、魔神とシニアス両方を目の前にしていたというのに。


「もしかして、貴女が?」


「正解ー。いやあ、大変だったんだよ、突然飛び出してっちゃってさ」


「うっ」


「教会に行くって言ってたから私も向かったらさ、なんか変な階段があってその先で君が倒れていたんだもの」


 そういえば僕は、キーナに宿代を出してもらいながらろくに質問に答えず教会に向かってしまった。

 急がないといけない理由があったとはいえ、これは……。


「ま、いいけどさ。だいたい事情はわかったし」


「え?」


「私はね、ある事件を調べるためにここにやってきたんだ」


 事件を調べるため? それは、キャンペーンでキーナがPCたちについていった動機とは異なる。

 僕の知っているゲームキャラクターとしてのキーナは、吟遊詩人としてPCたちの活躍を詩にするために旅をしていた。

 だけれど、PCがいないこの世界で故郷も滅ぼされた目の前のキーナは?


「ここ1年半。このトランシア教国では異様なほどに事件が勃発しててね。普段はどこかの冒険者がギルドやら個人的な依頼やらで解決してたような問題も、手遅れになってばかりなんだ」


「それは……」


 ゲームではPCたちが解決するような問題。ゴブリン退治のようなポピュラーな事件でも、当事者にとっては洒落にならないことが多い。

 そして、それを解決してくれる冒険者が不自然なほどににいないのだという。


「私の故郷……セレーネっていうんだけど、そこも突然海からやってきた悪魔に滅ぼされちゃってね。いつもだったら誰かしら冒険者を雇って解決できたのかもだけれど、今回は間が悪く誰も……」


 ズキリと、胸が痛い。それは僕が考えた物語の、バッドエンド。ゲームの体験としてはPCが解決するから迎えなかったはずの展開が、ここでは現実となっている。


「ごめん……」


「え、どうして君が謝るの? 君もシニアスに生贄にされそうだったじゃない」


「いや……」


 眼が泳ぐ。まさか「ここで起きている事件は僕が考えたものです」だなんて話すわけにはいかない。信じてもらえないだろうし、信じられても困る。

 だけれど、謝らないといけない気がしたのだ。


「まあ、とにかく私はこの街で不穏な動きがあるって聞いたから調べに来たの。そして、それは事実だった」


「魔神アザゼル……あ、そういえばあの魔神は!?」


 キーナが教会に向かって、僕がここにいるということは彼女も魔神を目撃したはずだ。

 それで二人とも生きているということは、まさか……倒した?


「あ、それはね?」


 窓から濃い影が差し込む。突然曇ったのだろうか?

 外に目を向けると、そこにあったのは……悪魔のようで天使のような、巨大な魔神アザゼルの姿だった。

 魔神はその手をこちらにかざすと、手のひらに赤熱したエネルギーのようなものを集める。

 これは、まずい!?


「見ての通り、元気に暴れてる!!」


「は、早く言って!!」


 エネルギーは照射され、僕たちは間一髪のところでギルドを飛び出した。

 背後でギルドは破壊され、あと一瞬でも遅れると僕たちもあの残骸に埋もれていたことは確実だっただろう。


「ギ、ギルドにいた人たちは!?」


「大丈夫、みんな避難してて私たちしかいなかったから」


 僕が知っているとおりのキーナなら、戦闘力はさほど高くない。気絶中の僕を庇いながらシニアスとアザゼルを倒すだなんて無理があっただろう。というか、ギルドまで助けてくれたのが優しすぎるくらいだ。


「それで、これからどうすれば?」


 キーナに問う。彼女の真意は未だ定かではないが、悪意がないことはたしかだ。

 そのキーナがどうするか、僕は知りたい。


「どうって……私は逃げて報告かなー」


「逃げる……んですか?」


「だって、私じゃ魔神なんて倒せないし、シニアスとかいう神父もいるんだよ。流石に無理だって」


「それはそうなんですけど」


「そういう君はどうするのかな? まさか、戦うとでも」


「……戦います」


 恐怖はある。勝てる見込みも、ない。ただ、そこにあるのは物語の書き手……もしかしたら、自分が黒幕なのではないかという疑念と責任だけだ。


「国の騎士団に任せれば倒してくれると思うよ。魔神は不完全な召喚だったし、国もそこまで弱くはない」


「でも、被害は軽くない。そうですよね」


 背後を見ると、そこにはアザゼルによって焼かれた冒険者ギルド跡地。そして、街も多くの民家が焼け落ちている。

 街道には逃げ遅れた人たちの死体が山積みだ。


「まあ、今の被害だけでも十分重いよねえ。でも、君だって魔神は倒せないんじゃない? 気絶してたくらいだし」


「それは……そうなんですけど!」


 痛いところを突いてくる。

 でも、こちらも完全な無策ではない。


「要するに、あの魔神がここからいなくなればいいんですよね」


「なにか考えがあるとでも?」


「あの教会には、送還リパトリエーションという呪文が記された巻物スクロールがあるんです」


送還リパトリエーション……召喚された生物を元の場所に送り返すやつだね」


「それを、あの魔神にぶつけます」


「どうして君がその巻物を知ってるのかは……ま、教会の子だもんね。見つけてもおかしくはないのかな」


 知っている理由は、他ならぬ僕自身がそのアイテムを配置したからだ。

 設定上は、万が一魔神を制御できなかったときにシニアス自身が使うため。


「だから、行ってきます!!」


 僕は駆け出す。教会へ2度目の侵入を行うために。自分のせいで、多くの人を失わないために。


「あっ、行っちゃった……もう、仕方がないなあ!」

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