第5話:魔神召喚

 異端教会。正式名称はシニアスの教会。

 まあ、これも本当の名前ではないんだけれど、いかんせんここゴスペルの街には教会が多すぎるからこのように呼ばれている。

 夜、暗闇になった教会の中を探索する僕だが幸い夜目は効くため不自由はない。

 これはファトゥムのハーフエルフとしての特徴ゆえだろう。

 エルフは薄暗い森の中で暮らすに連れ夜目が効くようになった種族。その血を引くハーフエルフも同様ということだ。


「それにしても静かだな。寝静まってるにしては早くない?」


 ここは孤児院も兼ねている。つまり、教会には神父だけじゃなく孤児も住んでいるということ。

 今は夜とはいえ、就寝時間にはまだ早い。子供の声が聞こえないのは不自然だ。


「早く調べないと」


 幸い教会の内部構造は頭の中に入っている。

 牢屋からの脱出時にも利用したから当然だが、ここはシニアスの魔神召喚事件という出来事シナリオ迷宮ダンジョンとも呼べる場所。

 それを考えた僕の頭には、構造が入っている。


「まあ、マップ自体は古いL2のバージョンで使われた公式シナリオの流用だけれど」


 僕が遊んでいたL2は第5版。つまり、バージョン5。このシリーズは1つの版だけで数年から十数年は遊ばれるため、それなりに長い歴史を持つ。

 その歴史の中にはアマチュアが作ったものから公式で用意されたものまで様々なシナリオがあり、その中の一つにゴスペルの教会を舞台にしたものがあったのだ。


「シニアスも魔神召喚事件も、僕のオリジナルだから厳密に同じ教会ではないと思うけれど」


 というか、考えながら調べていると妙なことに気づく。


「子どもも、大人もいない……?」


 先程から静かなこの教会には隠された地下……僕が囚われていた牢屋を含めた空間がある。

 しかし、子どもたちも住み込みで働いてるシスターさんたちも地上階にはいなかった。

 残す場所はあと一つ。


「まさか、みんな地下に?」


 地下は牢屋だけでなく、シニアスが魔神召喚を行う広間もある。

 嫌な想像が頭をよぎる。むしろ僕にはこの事件の知識があるためほぼ確信してしまっているのだが、敢えて目を背けていた事実でもある。


「急ごう」


 地下への階段。それは講壇の下に隠されている。普通に調べただけでは見つけられないだろうが、そこは僕。

 元々どこにそれがあって、どうすれば開くか理解しているならば判定ダイスロールすら不要だ。

 講壇裏の、書物を入れるスペース。そこに階段を出すボタンがつけられている。まあ、王道ではあろう。

 ボタンを押すと、講壇はずずずと前方にズレてその下から階段が現れた。


「手遅れじゃなければいいんだけれど」


 僕は慎重に、しかし急いで階段を降りていく。

 階段横の土壁には、等間隔に松明がつけられている。暗視能力を持つ僕には不要だが、ヒューマンのシニアスには必要だったのだろう。

 階段を降りた先は生贄のために用意されたいくつかの牢屋と奥の儀式用広間。それらを繋ぐ通路だけだ。

 しかし、牢屋には誰もいない。逆に通路にいるのは……警備のならず者だ。数は1人。元は2人だったが、逃亡時に1人減らしたためだ。

 シニアスも別にお金に裕福なわけではないし、見るからに怪しい荒くれ者を何人も雇っては計画が露見するリスクが高い。だから少数しか雇わなかった、という設定だった。


「とはいえ、今の僕で倒しきれるか? マナ・キャパシティも……」


 と、ここで思い出す。そういえば僕はレベルが上っているのだ。

 ソーサラーに限らず、呪文使いはレベルが上がると魔法の使用回数、魔力臨界点マナ・キャパシティも増加する。より高度なレベルの呪文が使えるのはもっと先だけれど、それでも大きな差だ。

 更に、ソーサラーは魔力……いわゆるMPに相当する力も操れるようになるので、使える呪文の種類は少ないがその分使い方には融通が効くのだ。

 今の僕にある魔力は2。1レベルの魔力臨界点マナ・キャパシティを回復するには2点の魔力が必要だから、ちょうど2回は大技が使えると考えていい。


「警備はまだこちらに気づいていないけれど、場所は近い。魔力の矢マジック・アローは必中だけれど、それだけじゃ倒しきれない可能性がある以上、今回も命令コマンドに頼るのがいいかな」


 命令コマンドは僕が牢屋を脱出する際にも使った呪文だけれど、直接攻撃を行うわけでもなければ、わかりやすい状態異常を与えるわけでもない。ただ、簡単な命令を強制するだけだ。

 しかし、命令そのものが直接命に関わらなければだいたいなんでも効果があるので意外に便利な呪文でもある。

 僕は闇に紛れて警備に近づき、耳元でささやく。


命令コマンド。地上へ立ち去れ」


 言われた警備は突然虚ろにうなだれて、それから階段に向かって歩いていった。

 戦わずして脅威を退けるとは、命令コマンド様々である。


「さて、あとは広間かな……?」


 松明で照らされているとはいえ薄暗い通路を駆け抜け、地下の広間に到達した僕は惨劇を眼にしてしまった。


「これ……は!」


 山積みになった人。その多くは子どもで、中にはシスター服を着た女性も混ざっている。この教会で暮らす孤児たちと、修道女である。

 その下には魔法陣が見えており、まさに何かの儀式が行われる最中さなか


「おや、ファトゥムじゃないですか。探しましたよ、お転婆な子ですねえ」


 広間の奥。生贄の山の向こう側から、穏やかな……しかし、不気味なほど落ち着いた男性の声が聞こえてくる。

 シニアス神父だ。いや、僕自身は彼の声も顔も知らないのだが。


「いやあ、貴女が逃げ出したお陰で儀式が遅れてしまった。しかし、帰ってきてくれたなら私は気にしませんよ」


 これは一体、どうしてこんなことを、などとは聞かない。

 彼は契約者ウォーロックとして魔神から力を得る魔法使い。自らが信奉する魔神を召喚し、より強い力を得るために生贄を捧げているのだ。


「おや、アザゼル様も気が早い。まだメインディッシュは用意できていないというのに」


 魔法陣が暗い光を放ち、巨大ななにかが現れる。

 それは悪魔のようで、天使のような。光輪を頭に浮かべながら、不気味なコウモリの翼を持つ魔神。


「ZAAAAA!!」


「っ!」


 魔神アザゼルが咆哮を放つ。不完全な召喚により、理性は失われている様子。

 しかし、この状態でも街を破壊するのには十分すぎる力だ。


「おお、アザゼル様。私めの不手際でこのような醜態を……今、新たな生贄を差し上げましょう」


「と、止めないと……!」


 僕はシニアス。そしてアザゼルを止めるため焦点具代わりの鉄棒を構え、そして……。


「あっ」


 この世界に来てからずっと張り詰めていた緊張の糸が、限界を迎えてしまった。

 意識はまた、暗くなる。

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