第4話:吟遊詩人キーナ
「キーナ……」
僕はつぶやく。
キーナ。彼女はリリパット族という種族ゆえ成人してなお幼い少女のような風貌である。
地球人の自意識を持つ僕と、ロスト・ロウという異世界の人間である彼女との間に当然面識はない。
しかし、僕の運営していたキャンペーンで半ばレギュラー的な立ち位置を築いていた彼女は、サーシャ役の霧江さんがイラストを描いてくれたのだ。特徴に関してはこちらから伝えていたとはいえ、霧江さんの描いたイラストと目の前にいる実物の姿は一致している。
茶髪をポニーテールにした、碧眼の少女。肩に背負ったリュートは彼女が
「あれ、どこかであったかな?」
「い、いえ。はじめまして……」
「んー? ま、いいや。それより、シニアスって神父のところで暮らしてたんでしょ? 詳しく聞かせて欲しいな」
キーナはセレーネという滅んだはずの港町で暮らしていたはずだ。たしかにキャンペーンでは彼女もこのゴスペルまで同行していたが、それもPCたちがセレーネでの問題を解決したからこそ。
滅んだ街のことは……センシティブだから積極的には聞けないか。
「僕で良ければ、是非」
「ボクっ娘? 可愛いね。じゃあ部屋に行こっか」
ともすれば危ない発言だが、知らない人からすれば少女2人が相部屋で泊まるだけ。
というか僕の中身が男なのは自分しか知らないこと……あ。
「あのー……」
ギルドの2階、宿屋部分の廊下を歩きながら話す。
「部屋、別々にしません?」
「ええー、女同士だしいいんじゃないかな。ギルドの一人部屋は無駄に広いよ?」
「ええっと、その……」
「ほら、入った入った!」
躊躇しているとあっという間に部屋の前についてしまった。
キーナは受付から受け取った鍵を開けて、僕を中に押し込む。
「ちょ、ちょっと!」
……アレコレ言う間もなく僕はキーナと相部屋になってしまった。
相手は実年齢はともあれ、見た目は幼い少女なので男と女で同じ部屋は心が痛い。今は僕も女だけど。
「さて、夕飯まで時間があるし話してもらおっか。シニアス神父のこと」
尋問タイム、始まる。
「まず、君から見てシニアス神父の印象はどうだった?」
問1。ファトゥムから見たシニアス神父の印象を答えよ。
初手から困った問いかけを……。宿代とご飯に釣られてホイホイ引っかかったのが仇になった。僕の記憶はあくまで菅原拓海という日本人の男子高校生。ファトゥムの記憶を持っているわけではない。
そして、僕の意識がこの身体に宿ってからは直接シニアスと対面したことはない。
つまり、答えられないというわけだ。
「えーと……それは、その」
「あれ、難しい質問だったかな? それとも答えられない?」
答えられないのはそうなんだけれど、答えられない理由も答えられない。
いきなり「僕は異世界からやってきた男子高校生です!」なんて言って信じてもらえるわけがないし、頭のおかしい人で終わりだ。
だけれど、キーナを困らせるのも本意ではない。故郷を失ったはずの彼女がなぜここにいるのかはわからないけれど、彼女は根本的に善良なのだから。
そして、なにやらキーナは神父を探ろうとしていることはわかる。だから僕から伝えられることは、これだ。
「ちょっと訳あって、神父の印象は答えられません」
「へえ……?」
キーナの目つきが変わる。困惑の表情から、怪しむような目つきへ。まるで“アタリ”を掴んだかのような、確信を持った眼。
「ただ、神父はあることを企んでいます」
「企んでる? まるで悪人みたいな言い方だけど」
「はい。神父は教会に集めた孤児を生贄に、魔神の召喚を計画していました」
魔神。ロスト・ロウの世界でははるか昔に神々が戦争をして、それからどこかへ消えた。その後に魔物という人類の脅威が出てくるようになったわけなんだけれど、魔神はその魔物を支配する大ボスのような存在だ。
「そんな情報、どこで知ったのか気になるけど……まあいいや」
いいんだ。突っ込まれないのはこちらとしてもありがたいから、おおらかな性格はこういうとき助かる。
「それで、計画していたって過去形なのは、今はもう大丈夫ってこと?」
「はい。生贄にされるのは僕で、それももう逃げましたから」
苦笑いをする。そう、生贄にしようとしていたファトゥムがいない以上、魔神召喚は不完全で終わる。誰も傷つかずにハッピーエンド……。
「じゃない!?」
「わっ、いきなりどうしたの?」
「シニアスは生贄がいなくても、魔神召喚を敢行するんだ! だから、このままじゃいけない!!」
「え、ちょっと……どこ行くの!?」
僕は慌てて立ち上がり、部屋を出て教会へ急ぐ。
キャンペーンでもシニアスはファトゥムの救出成功に関わらず魔神アザゼルを召喚した。もちろん、本来捧げる生贄がいなかったから随分弱体化していたけれど、それでも脅威は大きい。
対処ができなければ……この街は大きな被害を受けるはずだ。
そして僕はこれから待っている未来を知っている。だから、動かなければ!!
「教会に!」
走り出す。慌てたように階段を降りた僕を見て、受付のマリーさんは驚いた表情を見せるが、それを気にする余裕はない。
ギルドの扉を開けて、シニアスの教会へ一直線に走り、そしてたどり着く。
「まだ、魔神は召喚されていない……?」
空は既に闇色に染まり、街灯代わりのマジックアイテム
インドア派で運動不足のもやしだった僕と比べて、少女ながら息切れを起こさないこの身体はなかなかタフなのかもしれない。
そういえば冒険者カードだと耐久力は16って書いてたな、などと思い出す。
「とにかく、召喚される魔神を止める手がかりを見つけないと」
僕は再び、教会へ足を運ぶ。
今度は生贄にされるためじゃない。神父の陰謀を阻止するために。
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