第3話:冒険者ギルドへ
教会から出た外の世界は、やはり現代の日本とは思えない場所だった。
そもそも牢屋から出て地下通路、地上階の聖堂まで駆け抜けてきたわけだが、先程までの僕は生き延びるのに必死で周囲をあまり見渡すことはできなかった。脳裏に残っていた
だが、ひとまず難を逃れた今なら違う。
ここはゴスペルという都市。イムヌス大陸を支配する4つの国家の一つ、トランシア教国の首都だ。
先程僕が逃げ出した教会を始め多数の教会、聖堂が立ち並ぶ宗教国家。これだけならイタリア風の街並みと言えなくもないが、そもそも歩く人の人種からして地球にありえないものだらけだ。
「おっと、ごめんよ!」
今すれ違った男性も、一見子供らしい姿だが実は成人済みであろうリリパットという種族。
他にも長身で耳が長いエルフにずんぐりむっくりとしたドワーフ。それに、動物の特徴を持ったランドリングなど多種多様の種族でこの街道はごった返しになっている。
「わ、ぁ……」
本当に、異世界に来たんだと実感する。空が照らす夕日は地球のものと同じように見えるが、太陽の日差しではないのだろう。
ちょっとした感動を覚えると、僕はある場所を探す。
それはこの肉体の持ち主、ファトゥムの実家……ではない。彼女は孤児で身寄りがなく、だからこそ異端教会の神父シニアスに利用された。
ここは宗教国家の首都だけあって多数の教会がある。本来なら異端など許されるはずもないが、シニアスが一枚上手だったのと、あまりに教会の数を増やしすぎたせいで国も管理しきれなかったのだ。
「あの教会は、孤児院も兼ね備えていたようだけれどね」
閑話休題。ともあれ、僕の目的地は実家でもなければ教会でもない。冒険者ギルドだ。
この世界ロスト・ロウは、ファンタジー世界をTRPGで再現しただけあって冒険者が集まるための場所が設定されている。
それは酒場だったり、神殿だったりするのだが、L2最新版では冒険者ギルドということになっている。
僕が今置かれている状況は大変胡乱で、なぜこの世界のファトゥムという少女になってしまっているのか。それは全くわからないが、ともあれ僕はこれからこの世界で生きていかなければならない。
素性不明の少女が生きていくには冒険者になるか、身を売るしかないだろう。もちろん、僕の自意識は男性で、男に媚びを売るのは想像したくない。
「だから、僕は冒険者として生きていく」
これからのことを考えながら歩いていると、ちょうど目的地にたどり着いた。
ゴスペルは架空の都市だけれど、L2の公式設定としてロケーションがしっかり決められている。地図もざっくりしたものだが、ルールブックに載っているくらいだ。
僕はキャンペーンを考える上で、大きな都市の地図はある程度記憶した。そのお陰で、迷わず冒険者ギルドを訪れることができるのだから世の中なにが功を奏すかわからない。
「…………」
ギルドの扉を目の前にして、逡巡する。ロスト・ロウの冒険者ギルドは酒場と宿屋、依頼斡旋所が一体化した施設だ。
複数の国が共同で運営する組織だが、その実態は荒くれ者の集団。性質としては、先程まで僕を囚えていたならず者に近い……あれは極端に悪に偏っていたけれど。
対して今の僕はか弱い少女。容姿がいかほどかはまだわからないが、侮られることは間違いないだろう。実際、クラス持ちとはいえレベル1だけど。
「すぅ」
息を吸って、吐く。リラックスのための深呼吸だが、こちらを見る周囲の目は若干痛い。というよりは生暖かい。
「おっ、新人冒険者かい? 頑張りな!」
緊張していると、肩を叩かれた。見上げると、そこには地球の成人男性から見ても大きな体躯であろう男性……ただし、角や鱗など竜の特徴を持つドラゴンリングという種族がいた。
「は、はいぃ!」
突然声をかけられたことに加え、この身長差。驚いて声が上ずってしまう。
「その身なりを見るに、孤児院出身だろう? 冒険者としてはそこまで珍しくないから、緊張しなくていいぞ」
「あ、ありがとうございます」
微妙に違うのだが、実際少しは緊張もほぐれてきた。
ドラゴンリングの男性が離れてから、僕はようやくギルドの扉を開く。
「失礼します!」
ノックもなく、堂々と。未だ若干の緊張は残るが、こそこそしながら入るよりは好感も持たれるだろう。
スタスタと、受付らしきテーブルへ向かう。
「お、嬢ちゃん依頼かい? まさか冒険者になるってわけじゃねえよな」
横からはお決まりのセリフ。もはやフィクションで聞き慣れた言葉なので気にせず無視を決め込む。
向こうも色々な新人相手に言い飽きたのだろう。特にそれ以上のいちゃもんをつけられることはなかった。
「すみません、冒険者になりたいのですが」
「はいはい、新人の子ね。名前と出身は?」
「ファトゥム。出身はここゴスペルです」
本当は名前も出身も違うのだけれど、肉体的にはこれであっている。
「あれ、その顔……よく見たらシニアスさんのところの子じゃない。どうしたのよ」
「え、ええと……」
そういえば、このギルドはシニアスの教会から近い。顔見知りでもおかしくなかったか。
「ファトゥムちゃんもそろそろ独り立ちなのね。まあ、貴方ならこれまで何度か依頼も手伝ってたし大丈夫でしょ」
「え?」
「覚えてないの? 貴重な
指差された場所に振り向くと、そこにいたのは先程やじを飛ばした男性。随分バツが悪そうな顔をしている。
「い、いやあ。まさか本当に嬢ちゃんが冒険者になるとは思わなかったしな」
「冒険者志望じゃなくても、依頼人にあんなこと言っちゃ駄目でしょ」
「いいんです。気にしてませんから」
ファトゥムの細かい人生はキャンペーンで設定していなかったから、これは嬉しい誤算かもしれない。
そう。ゲームで設定されたキャラクターも、この世界では生きた人間。今に至るまでの人生がそれぞれにあるのだ。
「そう? 甘やかしちゃ駄目よ。それで、冒険者登録なら能力の確認が必要ね」
能力の確認。その手の小説でありがちなそれは、やはりここでもあった。
受付の女性……マリーさんは、名刺サイズの厚紙をテーブルに乗せてこちらによこす。
「どの指でもいいから、カードに指を乗せて。指紋から魔力を読み取って測定してくれるから」
言われたとおりにすると本当に文字、それに写真のように精巧な絵画が浮かび上がってきた。
言語は地球のものとは全く違うけれど、ファトゥムの身体に入った影響だろうか。難なく読み取ることができる。
厚紙……冒険者カードによると、僕は
能力値――L2の世界では能力が筋力、耐久力、敏捷力、知力、判断力、魅力で評価される――は知力は若干低く魅力が突出して高め。次いで耐久力といった、ゲームとしてはよくある
低めの知力でも8、高い魅力は17とレベル2の一般的PC相応だ。標準的な能力値は10だから、決して悪い数値ではない。
「これならチグハグな能力値で困ることはなさそうかな?」
クラスによって必要とされる能力値が異なるこの世界……L2というゲームでは、
冒険者カードには他にも知覚や説得のような個人のスキルも載っているが、それだけだ。
あまり大きくない紙だからしょうがないというのもあるが、顔写真と能力値、技能しか調べられないのだろうか?
「あの、他には……?」
「ああ、これしかないのかって? 他の情報は個人情報だからね。冒険者カードには載せられないのよ」
なるほど。L2にはクラスや種族ごとの特徴や呪文リストなど、様々な要素があるがそれは冒険者にとって生命線。敵対者に情報を取られないようにしてくれているのか。
「宿泊とかってできますか?」
「いいけど、お金はちゃんと取るわよ?」
「お金……」
L2世界には1日の生活費がどの程度必要か、しっかり設定されている。食費や宿泊費も、だ。
まあ、詳しく設定していなかったファトゥムに人生があった以上、ゲームで設定されてなくても生活費の概念当然存在するのだろうけれど。
「シニアスさんのところの子だからって、贔屓はできないわよ。泊まるなら銀貨8枚。食事付きなら一食銀貨5枚ね」
「…………」
こ、困った。逃げるのに必死だったから、お金なんて持ってない。
そして、この世界の魔法の力は基本的にしっかり休憩しないと回復しない。
つまり、今の僕はキャントリップしか使えないひ弱なカカシ同然ということ。
詰みでは?
「ないの? シニアスさんにも困ったわねえ、初日の宿代くらい持たせてあげればよかったのに」
マリーさんも呆れていると、後ろから声がかけられる。
「ねえ、お金で困ってるの?」
「君、は……」
振り向くと、見知らぬ少女。いや、この顔は見たことがある。
「私、キーナって言うんだけど。シニアスって人の話聞かせてくれたら宿代と食費くらいなら出してあげるよ」
彼女もまた、僕のキャンペーンで登場した
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます