第2話:ソーサラー
「もういいか? まったく、変なガキだぜ」
看守はそう言って、再び僕の監視を再開した。
それにしても、今置かれている状況は非常に困ったものだ。
元来、TRPGのシナリオというのはPC……ゲームの操作キャラクターが解決するものだ。
僕のキャンペーンでもそれは例外ではなく、健や健児たち友人たちのキャラクターに解決してもらうための事件を多数用意してきた……ここ、イムヌス大陸に。
イムヌス大陸とはL2のルールブックで遊ぶために考えられた架空のファンタジー世界。シナリオを考えるネタのため、元々大陸各地に様々な火種が仕込まれた世界だけれど、その火種を発火させたのは他ならぬ僕である。
まさか、僕自身が生贄の少女ファトゥムになってしまうなんて思わなかったけれど。
「せめて、PCみたいな強力な力を持っていればいいんだけれど……」
L2のPCは、
キャンペーンの最後、
しかし、物語の主人公であるPCはともかくNPCにまで細かい設定をするのは稀で、ファトゥムはどうだっただろうか。
「たしかこの子は、神聖な魂を持って産まれたせいで生贄に選ばれた……って設定だったかな」
神聖な魂。それはL2のクラス、
そして、ファトゥムに刻まれている神聖な魂とは、天使の力と考えてもいい。
それは非常に特殊なもので、異端教会にとっては最高の生贄でもある。僕にとっては最悪だが、だからこそファトゥムはこの教会……実際はわからないが、ここがL2ならやはり教会なのだろう。
とにかく、教会に目をつけられてしまった。
孤児だったファトゥムには親がおらず、表向きは神父が保護し、裏では生贄に捧げる準備を……まあ、よくある話だ。
しかし、ファトゥムに
意識を深く沈める。なにか、自分にできることはないか。この子は、なにができる?
「……あった! 呪文リストだ」
L2の魔法。それは、事前に使う呪文をリストアップすることで決定される。
クラスによって細かい違いはあるが、ファトゥムのような
「もっとも、カスタマイズできるのはレベル3になってから。今の僕にできるかは……」
怪しい。おそらく、幸いにしてクラス持ちのファトゥムだが、これまで修羅場を経験していないならそのレベルは1。初期レベルもあればいい方だ。今は多くを望まず、確認できた呪文を適切に使って切り抜けるしかない。
細かい能力値どころかレベルもわからない。ここはゲームの世界だけれど、同時に現実の世界でもあるということだろう。
せめて、冒険者ギルドのような施設ならなにかわかるのだろうけれど。
それはそうと、呪文リストで確認できた呪文は7種類。何度でも使える
L2はいわゆる
例えば1レベルなら、魔法は2回しか使えないのだ。
そして、今僕が使える呪文は、攻撃呪文の
回復呪文の
そして、使い所が限られる
そのうち
「必中の
仲間や自分の行動を助ける
「そうなると……これなら行けるかな?」
作戦を考え、実行に移す。
本来なら魔法の力を制御するための焦点具も必要だけれど、牢屋の中に転がっていた鉄棒……これで代用するしかないか。
「あの、お願いがあるんですけどー……」
僕はか細い声で、あくまで無力な少女を演じる。
「なんだよ。騒がしくすんなよ?」
「顔、洗いたいんです。洗面器を持ってきてくれませんか?」
「どうせ明日には死ぬんだからいいだろ、顔くらい」
お願い作戦、失敗。まあ、これはあくまでおまけ。マナ・キャパシティが節約できれば良かっただけだ。
「そんな事言わずに……
「…………」
呪文、成功。眼の前の見張りは眼が虚ろになり、こちらの指示を待つ。
ここで鍵を直接受け取ってもいいのだが、命令は一度に1つしか聞いてもらえない。
牢屋を出た瞬間に襲われるのがオチだ。だから、こうする。
「水いっぱいの洗面器を持ってきて」
「…………」
僕の命令を聞き入れたのか、見張りはどこかに行き……そして、すぐ戻ってきた。
両手で水いっぱいの洗面器を抱えながら。
「…………はっ!? 俺はなにをしていた?」
「ありがとうございます」
突然自分が奇行を行ったことに困惑する見張り。一方で俺はその隙を見逃さず次の呪文を唱える。
「
魔法に操られて命令に従う見張りは、慎重に洗面器を床に置く。
これで2回目。もう1レベルの魔法は使えない。
だが、キャントリップは何度でも使える。
「
近くに見えない手を作り出し、操る。この手は積極的な攻撃はできないけれど、モノに触れるくらいはできる。だから……。
「なっ……むぐ!?」
透明な手は見張りの頭上に回り込み、そのまま頭を押し付ける。押し付ける先は今見張りが持ってきて、床に置いたばかりの洗面器だ。
そこには水がいっぱい張られているから息はできない。
手足をジタバタさせる見張りだが、突然の不意打ちには抵抗しきれず、次第に息を引き取った。
「や、やった?」
時間切れで消滅した
一応、自分が殺してしまったこのならず者相手に両手を合わせるが、罪悪感は意外とない。
自分を殺そうとする一派だったからだろうか。
それから透明な手で見張りをまさぐり、牢屋の鍵を見つける。
「良かった。鍵は持ってたんだ」
こちらは完全にラッキーだったと言わざるをえないだろう。あるいは、幸運任せの浅慮だったかもしれない。
ともあれ、僕は鍵を使って無事に牢屋を脱出した。幸い大きな音は出ていないし、教会の間取りは把握できている。GMとしての経験が活きたかな?
僕は誰にも見つからないよう、教会から脱出することができた。
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