第2話:ありふれた日常は終わりを迎え
「お疲れ様でしたーっ!!」
夕暮れの教室。都内近郊にあるこの高校。そこで僕たち文芸部の6人は、放課後に集まってある“冒険”をしていた。
冒険と言っても、実際に野山を散策するわけでもなければ、危険行為に励むわけでもない。
サイコロと筆記用具。そして少しの想像力を駆使したアナログゲーム。
TRPGはアメリカ発祥の比較的若い遊戯だけど、それでも50年以上の歴史はある。そして歴史とともに、
日本の学び舎で、僕らのような若い高校生たちが遊んでいたゲームのタイトルは「ロスト・ロウ」。通称
主に古典的な
ただの高校生でもサラリーマンでも、なんなら小学生でも世界を救う経験が疑似体験できる。それがTRPGの素晴らしいところである。
「それにしても」
プレイヤーの一人、背が高く眼鏡を掛けた生徒……《だいご》が口を開く。
「PCの名前で本名はないんじゃないか?」
大吾は、そのキャラクターの名前に異議を唱えたいらしい。
「いやあ、結局思いつかなくってさあ。それを言うならオーゴロシもないだろ」
反論するのは先程の冒険で
「オーゴロシってなんだよ。人の名前じゃないだろ」
「そういえば、金枝篇っていう本で聞いたことがあるよ」
疑問を投げかける健に対し、思い当たる節があるのは
「じゃ、そのキンシヘンってのが元ネタ?」
「いや、親父が呑んでた酒の名前」
「おい!!」
「ははは、まあいいじゃないか。終わったことだしよ」
オーゴロシ……役の
「俺も安生大吾だから、安生から取ってアンジにしたわけだしな。気にしたら負けか」
「オレ……私はむしろ、自分が私なのかサーシャなのか混ざる時があって困っちゃったよ」
「ああ、今も混ざってるもんな……」
「家でも時々ね……」
うなだれるようにこぼす、サーシャ役の
プレイヤーとして遊んでいた5人が、あーだこーだと楽しそうに言い合っている姿を見ると、達成感が湧く。
僕は
GMはゲーム……セッションと呼ばれる一連の流れを考え、プレイヤーたちを導く立場。
レベル1から最高レベルの20まで遊ぶ
「
「全47話だっけ? 都道府県かよ」
「48話。まあ、長いよね……」
呼ばれて、苦笑いする。
1話を2日に分けて1日2時間のセッション。それを合計96回集まったのだ。いや、ゲームの説明とかキャラクター作成も含めるともう少しあるかな。絆も深まるというものだ。
笑いあい、そして一通りあの場面が良かったなどと感想を終えたら片付けも終えて、みんなそれぞれの帰路につく。
高校2年生の半ば。そろそろ受験や就職も考える頃だけど、それでも放課後に集まって遊ぶこの時間は楽しい。
そして夜。布団に入って寝るその時。
「それにしても、今回のセッションは楽しかったな」
思い出すのは、みんなと遊んだキャンペーン。
最初はTRPGという聞き慣れない遊びに困惑した様子を見せるみんなだったけれど、僕がGMとして先導したら楽しんでくれた。
処理を間違えることや、時には言い争いもあったけど、全部今ではいい思い出だ。
一般的なゲームではただの雑魚敵扱いのゴブリンにも苦戦したり、オークに殺されかけたり……そんな最初は頼りなかった冒険者たちが長い旅の果てに世界を救う。
大層な英雄譚を誰よりも間近で見ることが出来たのだ。それに勝る経験はそうそうない。
「父さんにも感謝しないと」
昔、父さんに教えられた甲斐があった。L2も高いルールブックだけど、今回使った最新版は頼んで買ってもらったものだし。
大学受験に学校の勉強、それにTRPGの準備。やらないといけないことはたくさんだ。
「でも、今はもう少しキャンペーンの感慨にふけらせて……」
脳裏に浮かぶのは、キャラクターたちの苦難、活躍、栄光。
しかし意識は沈み、そして……この世界で僕の眼が覚めることは二度となかった。
菅原拓海、享年16歳。死因は……
自ら運営するTRPGキャンペーンで見た、仲間たちの活躍を尊く思い、そして安らかに死んでしまった。
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