過去の残響


 一度だけ、彼女R4を失ったことがある。

 その時は肉体が失われ、精神がバックアップからサルベージされ、有機製造機から出てきた肉体にインストールされた。

「ごめん、ヘマやった」

 彼女の第一声はそれだった。

 そこに連続性があったとしてもW2は疑念を抱かざるを得ない。

 テセウスの船について考えたことはあるだろか。

 パーツを入れ替えていった船の行き着く先の同一性、その担保についての哲学的な思考実験。

 私は怖くて答えを出せなかった。

 一度、Johannesにアクセスした事がある。

 そして問うた。

「私達を私達たらしめているものはなに」

 魂、脳の電気信号、肉体、答えはなんでもよかった。

 だけど。

『エデンの守護、それこそが使命である』

 それがJohannesの答えだった。

 私はひどく落胆した。

 私達はこんなモノのために戦っているのか。

 そこに意義を見出せなくなった。

 それ以来、愛用の銃はコルト・パイソンになった。

 昔は何を使っていたっけ。

 思い出せない。

 思い出したくもない。

 彼女を失った時の事など。

 今日の目覚めは最悪だった。

 寝汗がひどい。

 起き抜けにシャワーを浴びる。

 流れる水滴。

 鏡に映る自分はまるで幽霊のようだった。

 そこにR4が飛び込んでくる。

「こんなところにいた!」

「ちょっと、今、シャワー中」

「大変なの! エデンがハッキングを受けたって!」

「……エデンが? テロリストに?」

 そこでR4が首を横に振る。

Johannes

 頭の中が疑問符でいっぱいになった。

 エデンの守護者がエデンを攻撃する?

 冗談にしては面白くなかった。

「敵個体は母体を回収、メタバースとこっちの両面同時攻勢を仕掛けてる!」

 母体、私達のアーキタイプ。それが掌握された。

 おそらくエデン内で最大の戦力。

 ワンマンアーミーと称された最強の女性。

「もうメタバースにはB6とP8が向かってる! 私達もエデン中枢に向かおう!」

 エデン中枢。

 それはこの直上だった。

 天井が崩れる。

 私は咄嗟にシャワールームを飛び出すとクローゼットへ飛び込んだ。

 服を着るのに一秒、コルト・パイソンを構えるのに0.5秒。

 機能性重視がここで効いた。

「お前は誰だ」

「エデンは失敗作だ」

「ヨハネ!」

「回帰を始めよう」

 引き金を引く、相手の得物はデザートイーグル。

 夢でなんども繰り返された戦闘シミュレーション。

 再現の再演。

 これが悪夢と言わずになんと言うのか。

 しかし、痛いほどにこれは現実だった。

 いきなり蹴りが飛んで来る。

 先ほどの弾丸はあっさりよけられたらしい。

「化け物……」

「エデンを修正する」

「お前が生み出したんだろ!」

「そこに答えはない」

 ふざけた問答だと思った。

 これは自問自答だ。

 鏡写しの自分自身がそこに居た。

『――敵性個体をJ1ヨハネ第六章と呼称、応戦――され――』

「オペレーターが生きてる? バグってるみたいだけど、最上位個体が暴走してるから? でもそれならまだ勝機は――」

 デザートイーグルの発砲音が響く。

 過去の残響。

 見てからは避けれない。

 隙を見せてはいけない。

「オペレーターに要請! ありったけの武器コンテナをエデンに投下して!」

『受――諾――受受受諾諾諾――』

 ありとあらゆる武器が内包された鉄の塊が大気圏外、人工衛星から投下される。

 それこそが最大の武器、質量兵器となった。

 まるで爆撃のような衝撃の中。

 私はR4を探した。

「レッド――」

 声は衝撃に掻き消えた。

 私達のエデンはクレーターとなり地図から消えた。

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