(過去話)7話 学校の七不思議と不気味な生徒3

 車は住宅街を進み、大通りへと出た。

 雪乃は男たちと手を繋いだままで、運転席へと視線を向ける。

 気になることが、あった。


「先生、連絡してくると思いますか?」


 ペンキの匂いはわからなかったが、教師から嫌な感じがすることには、気付いていた。

 その嫌な感じの原因が何か、経験不足からか雪乃にはわからなかったが、紗和は言っていた。「もし、あなたにも何らかの責任があるにしろ、人が自殺した場に何度も立ち入るのは、おすすめしません」と。

 紗和は、雪乃にはわからない何かを感じ取ったということだろう。


「視えない相手に、私たちが視えているものを証明することは、ひどく困難です」


 進行方向を見つめたままで、紗和が告げる。


「ただ、あの教師の場合は何かを感じてはいるようだったので。連絡してくると思いますよ」

「ペンキを塗ることをやめなかったら、どうなるの?」

「九尾様と白蛇びゃくだ様が仰っていたとおり、手形を付けているモノが、あの教師を呼び寄せようとしているのなら、恐らく、連れて行かれるでしょう」

「自殺の、道連れってこと?」

「あの教師は、中途半端に優しい人物なのでしょう。だから付け入られる」


 その言葉のあとで、紗和は話してくれた。

 あの学校で起こっていることを。


「悦子の友人が、通っているんです」


 悦子というのは忠義ただよしの姉で、紗和の妹だ。雪乃と同い年だが、悦子は視ることも感じることもできないらしく、家の中でもどこか、雪乃とは距離を置いている。


「化学教師が体育館のシャワー室で首を吊って自殺したらしく、それ以来、隣接したトイレの鏡へ人影が映り込んだり、壁に手形が浮かび上がるそうです」


 周囲へ気を配る余裕のなかった雪乃は知らなかったが、学校関係者の中では有名な話らしい。

 化学教師の自殺はニュースにもなったと言われたが、雪乃の記憶にはなかった。ちょうど体調が悪化しはじめた時期の出来事だからだろう。


「体育館を利用する多くの生徒が、鏡に映る人影を目撃したようです。生徒のみならず、教師も」


 生徒たちがあまりにも騒ぐため、トイレの鏡は撤去された。

 シャワー室はずっと、立ち入り禁止となっている。


「悦子が相談されたようで。いろいろ話を聞きました。ただ、相談者である悦子の友人には影響がなさそうだったので、特に対処はしていません」


 対価なしで安易に手を出すことはできないからだと、紗和は告げた。

 与える恩恵への対価が釣り合わないと、歪みが生じる。その歪みは、悪いモノを呼び寄せる要因となるのだ。

 だからこそ九尾の行為には対価が与えられて、雪乃は、己の生き方を決められた。


「自殺した教師は、学校内でいじめに遭っていたそうです。直接的な加害者は解雇されましたが、間接的な加害者への罰はなかったようですね」

「間接的な加害者が、先生だったってことですか?」

「恐らく」


 いじめの事実は知っていたが、見て見ぬふりをした。

 己がターゲットになるのが恐ろしかったからか、面倒事に関わることを避けたのか。

 消しても浮き上がる手形のせいで、罪悪感は、増していく。


「あの教師にこびり付いていたモノから推測するに、自殺した教師の仕業ではないので、自殺の道連れとは違うと思います」

「じゃあ、何が手形を付けてるんですか?」

「自殺現場へ引き寄せられ集まった、悪いモノです」


 家の床で倒れていた父の姿が脳裏へ浮かび、雪乃はぎゅっと、目を閉じた。

 黒く蠢く、悪いモノ。

 それは日常の中でもそばにあり、付け入る隙を、狙っている。


「……もう一つ、目標ができた」


 九尾と白蛇びゃくだの視線が、雪乃へと向けられた。


 二対の瞳をまっすぐに見返せるだけの自信は、まだないけれど。


「お父さんやお母さんみたいに死んでしまう前に、助けられるのなら、私は、助けたい」


 雪乃自身には、それができるだけの力はない。それでも、できるだけの知識は、これから学ぶ。


「暇つぶしになりそうだから、俺はいいぜ」


 白蛇びゃくだは、口角を上げて笑った。


「雪乃が危険に近付くのは、承服できない」


 九尾は眉根を寄せて、雪乃を心配する。


「私には、きゅうちゃんと、びゃくがいるもの。二柱の神様に守られる私をどうにかできる存在なんて、いるのかな?」


 からりと笑って「いない」と告げたのは、黒髪の男の姿をした白蛇びゃくだ


 細く短い息を吐き、何も言わずに雪乃を抱き寄せたのは、茶色い髪の男の姿をした九尾。


「守られるばかりにならないように、ちゃんと色々、学ぶから。そんなに心配しないで」


 愛しい男の腕の中、雪乃はゆるりと目を閉じる。

 鼻から深く息を吸い、九尾がまとう清涼な香りで肺の中を満たせば、腹の底から力が湧き出すような不思議な心地がした。



 そうして、二柱の神とその花嫁は、修行期間を経て祓い屋を営むこととなったのだった。

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