11話 神落ちと穴のあいた中学生2
玄関先でするような会話ではないため、雪乃は少年を家へと招き入れた。
抱えていた骨壷は仏壇に置いて、少年と正座で向かい合う。不良っぽい見た目のわりに、姿勢がきれいだ。家へ上がる際には靴を揃えていたことからも、育ちの良さが、うかがえた。
触れ合う距離で茶色い髪の男が雪乃の隣へ座り、黒髪の男は立ったまま、成り行きを見守っている。
「俺んちは代々、霊能力が高い家系でさ。普通の人には視えない奴らを相手にするようなことを、家業にしてんだ」
あっけらかんと少年は話す。
中学生ながら、少年も家業の手伝いをしていて、今回のように視える僧からの連絡を受け、憑かれた人間とコンタクトを取ることもあるという。
その話を聞きながら、雪乃は思った。
この少年との出会いがもう少し早ければ、父は死なずに済んだのだろうかと。
「それで、
雪乃は、これまでの経緯を全て話すことにした。
雪乃の行く先は、もう決まっている。
話したところで、何かが変わるとは思わなかった。
雪乃の話を聞き終えて、少年の視線は、仏壇に置かれた骨壷へと向かう。
「お坊さんがやばいと思ったのは、雪乃のそばにいたのが、
「でもお父さんは、死んじゃった」
「うん。よっぽど集まったんだろうね。今は、
彼らは雪乃を助けてくれたし、守ってくれている。
「神落ちは、たちが悪いんだ」
「俺はまだ落ちていない!」
反論した黒髪の男に視線を向けて、
「でもさ、見殺しにしただろう? 雪乃のお父さん」
血の気が引いた。
指先が冷たくなって、咄嗟に雪乃は、隣にある温もりへと縋る。
体温の高い骨ばった男の手が、手の甲へと触れた。
「それは、違う」
次に反論したのは、茶色い髪の男だった。
「蛇は雪乃を守りながら、私を呼んだのだ。力が及ばず守りきれなかっただけで、見殺しにしたわけではない」
「これだけ、大きな力があるのに?」
「我らは、万能ではない」
「……そっか。ごめん。妖にはよく会うけど、神様って会えないから。知らなかった」
気まずい沈黙が落ちて。
雪乃は微かに、めまいを感じた。
いろいろなことが、一気に起きた。
体も心も、ひどく疲れている。
「
中学生に縋るべきではないが、明らかに、
白い蛇は、時間がないと言っていた。
彼らを助けたいと、雪乃は願う。
だが返ってきたのは、悲しい現実。
「無理だよ。ヒトが、神を救うなんて」
だけどと、言葉が続く。
「神落ちは、人間からの信仰を失って成るらしい。だから、信仰があれば、神落ちにはならないんだと思う」
「信仰?」
「いるって信じて、敬うって感じかな?
男たちが、同時に首肯した。
「私は、雪乃が認識してくれているから、まだ保っている」
「俺は、雪乃を花嫁として迎えれば、まだ戻れる」
どうやらそれは、雪乃でなければならないらしい。
「神落ちを封じるのは、骨が折れる。下手したら命に関わるから、
だから協力するよと、
そうして四人で話し合い、すぐにでも儀式を行うことを決めた。
儀式を行えば、雪乃は墓には近付けなくなるらしい。
骨壷にも、触れなくなると言われた。
墓は集まりやすい場所で、骨もまた、引き寄せるからだ。
「今の体が朽ちるまで、半分はヒトの身だが、穢れに強くなるわけではない」
「俺らは花嫁を守る義務があるから、雪乃を守るってだけだ」
「穢れに冒されれば、弱って、死ぬ」
「まあ、そうならないように、俺らで祓って清めるけどな」
「穢れで死んでしまっては、ヒトの身が朽ちた後、共にあれなくなる」
いろんな注意事項を聞いて、納得して、選んだ。
父の骨は、
「それじゃあ、結果は報告してよね。俺もいろいろ、協力できると思うし」
仏壇にあったものをまとめたリュックを背負い、骨壷を抱えた
雪乃が触れなくなる大事な物は、
「うちの奴らにも説明しておくから。頼ってくれていいよ」
玄関の扉が閉まり、静かになった、家の中。
雪乃は、九尾の狐と白い蛇という、二柱の神と向き直る。
正座をして三つ指をつき、深々と、頭を下げた。
「幾久しく、よろしくお願いします」
作法などは知らないが、彼のお嫁さんになる時には言おうと決めていた言葉。
反応が見たくて、雪乃はそろりと、顔を上げる。
「……きゅうちゃん?」
彼は、泣いていた。
喜んでくれると思っていた。
満面の笑みが見られると、期待していたのに。
「すまない、雪乃……。私だけで、守れなくて」
「私は大丈夫だよ? だから、泣かないで」
突然の涙に戸惑いつつも、雪乃は愛しい存在を抱き締める。
再会するまでは、九本の尾っぽを持つ犬だと思っていた彼。人でなくとも、雪乃は彼を、愛していた。
「まあ……泣きたくも、なるよな」
バツが悪そうな様子で、黒髪の男は片手で乱暴に己の髪をかき乱す。
「神とヒトの純愛を邪魔して悪いが、俺も譲れないんでな」
黒髪の男は白い蛇。
彼もまた、人ではない。彼は雪乃を、黒く怖いモノから守ってくれた。そんな彼を、雪乃は愛する九尾の狐の為に、これから永遠に近い時を使って利用するのだ。
だけれどそれに、良心の呵責はない。
「きゅうちゃん。教えて? 儀式のやり方」
耳元で囁けば、彼は涙で濡れた顔を上げた。
なぜだがその顔は真っ赤に染まっていて、雪乃は首を傾げる。
「どうか……拒まないでおくれ」
彼は、神聖な儀式のように、雪乃に口付けた。
「きゅうちゃん。ずっと、一緒だよ」
ファーストキスがうれしくて。唇が離れた時に想いを告げれば、彼はまた泣きそうになったが、笑顔を見せてくれた。
口付けはどんどん深く、激しいものへと変化する。
翻弄されながらも、どうしようもなく、愛しくて。どうしようもなく、離したくなくて。
雪乃は、彼の首へと両手を回す。
幼い頃、彼に会うまで雪乃はずっと、寂しかった。
熱にうなされ横たわった布団の中、もふもふふわふわの、茶色の毛玉に出会った。
九本の尻尾をゆらゆら揺らし、つぶらな瞳で、雪乃を観察していた。
どうしても触れたくて近付いた彼の周りに漂っていたのは、清浄な空気。
物心がついた頃から自分にしか見えない黒く蠢くモノに囲まれ、押し潰されそうになりながらも生きていた雪乃が得た初めての安らぎが、彼だった。
常に側にいて守ってくれた彼が望んだのは、共にいるために、雪乃が彼の、花嫁になる事。
雪乃自身も、彼のものになりたかった。
ずっと、彼の側にいたかった。
その後、雪乃が体験したのは、ひどく淫らで獣じみた、愛の儀式――――。
※
「爬虫類! 不必要に引っ付くな!」
半分、人ではなくなった雪乃の側には、愛しい九尾の狐が常にいる。
「喚くな、毛玉野郎。お前の反応が面白くて、ついいじめたくなるだろうが」
「意味のわからんことを言うな!」
「嫉妬しているお前が愉快なのが悪い」
白い蛇もまた、家族のように、寄り添うような時を過ごしていた。
人でなくなっても穢れを寄せ付けやすい雪乃は、彼らの側から離れての行動は出来ない。
両手首に清めの鈴を巻いてはいるが、それも、あまり長い効果は得られないのだ。
鈴が穢れてしまったら、彼らが身に付け、浄化する。
「雪乃、体がつらいだろう? 祓い屋などという穢れに近付く仕事をせずとも、我らは存在出来る。金だって、父君の保険金とやらで何とかなると言っていたではないか」
濡れた体を抱き締められ、雪乃は愛しい狐に、身を預ける。
「金は、多くあっても困るものでもない。それにな、私は、きゅうちゃんの社を守りたい。出会ったここを、守りたいんだ」
住処としたのは、雪乃の生家。九尾の狐と雪乃が出会った場所。
その隣には、九尾の狐が祀られた神社がある。
忘れられたその社は、放っておけば、
だから雪乃は、人の世との関わりを保ち、九尾の狐の社を守るため、祓い屋という仕事を始めた。
半分は人の身であるからこそ、収入も必要だから。
「私が客と仕事を引き寄せる。びゃくが祓う。そしてきゅうちゃんは、美味しい食事を作る。適材適所だ」
二柱の神への信仰心を集めるという目的も、あるのだ。
完全に人の身でなくなる前に、雪乃はできることをしたい。
九尾の狐は、雪乃の目的を理解したうえで、反対する。
白い蛇は雪乃の目的に賛同して、積極的ではないにしても、協力はしてくれる。
「雪乃。私は共にいられれば、幸せだ」
体を合わせる時以外では口付けをくれない男の腕の中、雪乃はゆるりと、目を閉じた。
それが、今の彼らの日常だ。
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