10話 神落ちと穴のあいた中学生1

 二度と目を覚まさない、父。

 視えないながらも、必死に雪乃を守り続けてくれた人。

 雪乃を愛してくれたその人は、雪乃が引き寄せたモノたちのせいで、命を落とした。


 葬儀を終え、骨壷を抱えて、誰もいなくなってしまった家へと帰る。

 あれだけ真っ黒だったのに、今は、何もいない。

 それは彼らのおかげだ。

 親戚だという嘘を吐き、人間の姿をした者たちが、雪乃と行動を共にしている。

 本来なら、雪乃が片付けなければならない全てのことを、彼らがやってくれた。


 へたりと床に、座り込む。


 この世に一人きりだという絶望感が、胃のあたりで暴れている。

 母の顔は、写真でしか知らない。

 父は雪乃の腕の中にいるが、もう二度と、会うことはできない。話せない。


 白い蛇が、言っていた。


 雪乃は周りを巻き込み、不幸にする存在だと。


「きゅうちゃんの花嫁になれば……もう誰にも、迷惑をかけずに済む?」


 きゅうちゃんと呼ばれた茶色い髪の男は、口ごもる。

 彼が飲み込んだ言葉を代わりに発したのは、黒髪の男だった。


「ヒトでは無くなるが、花嫁となれば、お前は俺たちが守る」

「俺たち……?」


 首を傾げた雪乃に、茶色い髪の男は悲しそうに俯き、答える。


「雪乃は力が強い。私だけでは、足らんのだ」

「そういう事だ。だから俺が協力してやろう。社を失った俺は消えるか、妖へと落ちるしかない。俺たちは、お前を存在理由とする」


 こういうのをギブアンドテイクというのだろうと言って、黒髪の男は笑った。


 どちらにしろ、雪乃は一人ではもう、生きられない。

 このまま生きても周りを巻き込み、引き寄せられたモノたちに取り込まれ、近いうちに命を落とすだろう。

 元より高校を卒業したら、今は茶色い髪の男の姿となっている彼の、花嫁になるつもりでいたのだ。

 彼を孤独にしないためならば、雪乃に迷いはなかった。


「きゅうちゃん。私、なるよ。なりたい。きゅうちゃんのお嫁さん。どうすればなれるの?」


 覚悟を決めた雪乃に微笑みかけて、茶色い髪の男は、滑らかで白い、雪乃の頬を撫でる。


「身を任せてくれたら、それで良い。だがまずは、父君を愛しい者のところへ連れて行ってやろう」


 雪乃が抱えた骨壷に視線をやって、茶色い髪の男は告げた。


「そこまでの猶予はないぞ。俺はギリギリだ」


 反論したのは、黒髪の男。


「お前だって、落ちかけてるだろうが」

「……まだ、大丈夫だ」

「雪乃まで落とすつもりか? 俺は、共倒れは御免だ」

「わかっている」

「なら、さっさと済まそうぜ」

「雪乃が我らを認識している。まだ大丈夫だ!」

「落ちたら守るどころか、損なわせる。それで、いいのか?」


 茶色い髪の男は苦しげに、唇を噛んだ。

 彼が悲しそうなのは、嫌だった。だから雪乃は、手を伸ばす。

 彼の頬に触れて、安心してほしくて、微笑んだ。


「お墓はね、きゅうちゃんと会った、あのお家のほうにあるの。だから、すぐにはお父さんとお母さんを会わせてあげられないんだ」


 そこまで言って、疑問が湧いた。

 人ではない彼らの花嫁となる自分は、父の納骨を行えるのだろうかと。

 どうするのが正解か。雪乃には、何もわからない。

 だから雪乃は、黒髪の男へ視線を向けた。

 短い時間ではあるが共に過ごし、信頼しても良い存在だと、知っていたから。


「お嫁さんになった後でも、お父さん、お墓に連れて行ってあげられる?」

「お前の手では無理だ。代わりに俺たちがやる」

「できるの?」

「できないことは、ない」


 歯切れの悪い返事だった。


「お寺に神様、入れるの?」

「入れる」

「お墓は?」

「……行ったことはないな」

「納骨できなかったら、困る……」

「大丈夫だ。やる。やってやる」

「やはり、全ての憂いがなくなってからのほうが良いだろう」


 茶色い髪の男が小さなため息と共に告げたが、黒髪の男は譲らない。


「だから、時間がねぇんだって!」


 堂々巡りだ。

 どれかを諦めなければならないらしい。

 雪乃は、腕の中の骨壷を見る。

 それから次に、大好きな彼を見た。彼はたぶん、己よりも雪乃を優先してしまうだろう。

 だから雪乃は、心の中で父に謝罪と、別れを告げた。

 自分の手では墓に入れてやれないが、彼らに任せれば、父は大丈夫だろう。


「きゅうちゃん」


 彼を呼んだと同時。


 玄関の呼び鈴が、来客を告げた。


「誰だろう?」


 首を傾げた雪乃を守るようにして、茶色い髪の男が雪乃を抱き寄せる。


「……なんだ? 面白いのが来たな」


 黒髪の男が呟き、玄関へと向かった。

 迷うことなく扉を開ければ、逆に相手が驚いたようで「うわ!」という小さな悲鳴が聞こえる。その声は年若く、声変わりしたばかりの少年のもののようだった。


「なんだ、お前?」


 守ってくれる腕の中から、雪乃も訪問者を確認する。

 そこには不良っぽい見た目の、中学生がいた。

 訪問者が着ているのは、中学校の制服。学ランを着ているのにピアスをいくつもしているから、それは雪乃の認識では、不良に該当する。


「えーっと、お姉さん、大丈夫? なんかやばいのに憑かれてる?」


 少年は黒髪の男を通り越し、雪乃へと話し掛けてきた。

 雪乃は、ことりと首を傾げる。

 やばいのとは、父を死へ追いやったモノのことだろうか。それらは今は、側にいない。


「――白い蛇と、九尾の狐?」


 少年の視線が、目の前に立つ黒髪の男と雪乃を抱き締める茶色い髪の男へと、順に向けられた。


「妖怪?」

「神だ」


 黒髪の男からの反論には、眉根を寄せる。


「え〜……? ん〜? 蛇のほうは、ほとんど妖寄りだよ? 狐は確かに……神様、っぽいかなぁ?」


 少年は男たちを見比べて、首を傾げた。


「あの、どなたですか?」


 雪乃が問えば、少年は人懐っこい笑みで答える。


「俺は忠義ただよし。知り合いのお坊さんが、女の子にやばいのが憑いてるって大慌てで連絡してきてさ。見てこいって言われて、見にきた」


 雪乃は、自分を抱き締めたままの茶色い髪の男を見上げた。

 それに気付いた彼は目元を緩ませ、小さく一つ、頷く。


「彼は、清らかだ」


 それが忠義ただよしとの、出会いだった。

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