第2話 少年たちと肝試し2

 次の日の昼前、少年たちは再び集まった。

 お互いの顔を見て、昨夜の出来事が夢ではないと確認する。


「なぁ、おれ、肩がすっげぇ重いんだ……」

「おれも、なんか、変」

「あの時、おれ、痛くて苦しくて。本当に……死ぬかと思った」


 一睡もできないままで夜が明けて、朝食も喉を通らなかった。


「………店って、言ってたよな?」


 件の寂れた神社のそばには、何もない。


 周囲には整備されていない林があるだけで、民家よりも、田んぼが近い。

 こんな場所に店など、ないはずだ。

 あるとすれば、あの空き家のみ。

 そこに誰かが越して来たなんて話は聞いたことがない。


 とりあえず少年たちは、空き家へ向かってみることにした。


《祓い屋 お気軽にどうぞ!》


 入り口には、木板の看板が置かれていた。

 恐る恐る中を覗くと、普通の民家のように見える。

 昨夜は不気味な場所に思えたのだが、あれは、夜の闇と思い込みが見せた錯覚だったのかもしれない。


「客か?」


 声を掛けられたことに驚き、びくりと肩を揺らした三人の、視線の先。

 そこには、見覚えのある黒髪の男が腕を組んで立っていた。


 男は夜とは違う濃紺の着物姿で、手には陶器でできた酒瓶を持っている。

 明るい中で見る男は眉間に皺を寄せていて、少し怖い。


「爬虫類。怖がらせてどうする、この阿呆が」


 少年たちが男にビビっていると、もう一人、男が現れた。

 もう一人は濃茶の着物姿で、ふわふわした茶色い髪の優しそうな雰囲気。こちらも見覚えがある。あの美しい女に寄り添っていた男だ。


「るっせぇ毛玉野郎」


 黒髪の男は益々、眉間の皺を深くした。


「昨夜の子たちだね。いらっしゃい」


 微笑む茶色い髪の男から、ついてくるようにと言われ少年たちは、家の裏手へと案内される。


 進んだ先には、ずぶ濡れの女がいた。

 水が滴る長い黒髪が、頬と首筋に貼り付いている。濡れた白い着物が女の柔らかな体を強調していて、艶かしい。


「きゅうちゃん、その子たちは……?」


 ぽたぽたと、水を滴らせる女が茶色い髪の男を見た。


「昨夜の少年たちだ」

「あぁ」


 女が呟き


「びゃく」


 少年たちの背後に立つ、黒髪の男を見やる。


「対価の話をしてから、喰べてやって」

「俺は、お前からじゃないと喰わん」

「酒飲みの穀潰しが。雪乃は着物を替える。任せたからな」


 茶色い髪の男は女の手を引いて、普通の家にしか見えない建物へと向かって行ってしまった。


「ちっ。口やかましい狐だ」


 舌打ちをした黒髪の男は、唖然とする少年たちへと向き直る。


「おい、ガキども。どうやら取り憑かれてるみたいだが、祓うには対価がいる。お前らに憑いたモノを祓う相場は一人五万。払えるか?」


 言われた内容に、ぎょっとする。


「む、無理です!」


 すぐさま一人が答えると、男は「だろうな」と言いながら笑った。


「ならば体で払え。明日からひと月、三人で毎朝、あの神社を掃き清めろ。それを対価とする」


 横柄な態度で言い放つ男に、少年たちは頷くことしかできない。

 昨夜の出来事と今の体調を考えれば、縋るしかないと理解できたからだ。「やります」と、口を揃えて告げた。


「なら祓う。だが、お前たちから直接喰らうのはつまらんな。雪乃を待て」


 少年たちに、従う以外の選択肢はなかった。


  ※


 少しして、茶色い髪の男と、女が戻ってきた。


 桔梗が咲いた青地の着物に、長い髪は簪で纏めて化粧も施している。

 女が歩くと、鈴の音が鳴る。


「蛇。まだ喰っていないのか」


 茶色い髪の男は、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「俺は、雪乃から喰いたい」

「ふざけるな! 先ほど清めたばかりだというのに、また雪乃が穢れるではないか!」

「なら狐が焼けばいい。お前の不在による不始末だろうが」


 睨み合う男たちの間で、女が小さく、溜息を吐く。

 溜息を吐く姿ですら女の色香が漂って、思春期の少年たちは、居た堪れない心持ちになった。


「あれはかなり疲れるから、好きじゃない」

「俺が清めてやる」


 女は少しの間迷い、成り行きを見守っていた少年たちへと視線を向ける。

 一瞬、不快そうに眉根を寄せて


「……仕方ないか」


 諦めたように、言葉を落とした。

 どうやら話は決まったようだ。


 黒髪の男の満足げな様子を、茶色い髪の男が、憎々しげに見ていた。


「では一人ずつ、こちらに来なさい」


 茶色い髪の男が女から離れると同時、黒髪の男が女へと歩み寄り、背後から絡みつくように腕を回した。

 じゃんけんで順番を決めてから、一番手となった少年が近付くと、ほとんど体格差のない女の両手が肩へと置かれる。


白蛇びゃくだ、喰え」


 昨夜も聞いた、凛とした声の直後。

 少年の体から黒い靄が立ち上り、頭上でうごめいた。

 それは獲物を見つけた獣のように、無防備に立つ女へと襲いかかる。そのまま、女の体へと入り込んでしまった。

 女は苦悶の表情を浮かべ、黒髪の男が、女の白い首筋に噛み付いた。

 黒い靄が吸い出され、男の口腔へと消える。

 ごくり、男の喉が鳴り。

 長く紅い舌先で、男は己の唇を舐めた。


 そうして、同じことを、三人分。


 やり終えると、女はくたりと、背後の男に体重を預ける。

 足からは力が抜け、己の力で立っていられない様子だった。


「ガキども、明日の朝からだ。忘れるなよ? もし忘れたら、喰ったモノを返してやるからな」


 脅すように告げてから黒髪の男は、意識を失った女の体を横抱きにして、少年たちに背を向ける。


「終いだ。家へお帰り」


 茶色い髪の男に促され、少年たちは深々と頭を下げてお礼を告げてから家路についた。

 体は明らかに軽くなり、目にしたものも、夢ではない。

 何より、黒髪の男の舌先が蛇のように裂けていて。人間ではないかもしれないという、疑いが生まれていた。

 だけど、怖いものではないという妙な確信もあった。

 何となく言葉を交わす気にもなれないままで、帰宅を急ぐ。

 いろんな疑問はそれぞれの内側でぐるぐる回っていたが、今は何より、この大きな安心感を抱えた状態で眠りたい。

 少年たちの頭を支配していたのは、寝不足による、睡眠への欲求だった。



   ※



 家の裏手には、清水が湧き出し溜まっている水場がある。


 黒髪の男は、その場で女の帯を解き、慣れた手付きで着物を脱がせた。

 長襦袢姿になった女を抱えた黒髪の男は、乱暴な動作で水場へと足を踏み入れる。

 黒髪の男が片手のひらを上向けると同時、清らかな水が湧き出し、男の手のひらに溜まっていく。

 その水を、女の口に注ぎ込む。


「悔しそうだなぁ、狐?」


 意識のない女の口元へ水を注ぐ行為を続けたまま、黒髪の男は、にやりと笑って茶色い髪の男を見やった。


「適材適所だ。仕方ない」


 縦長の瞳孔の、金色に輝く瞳。人間らしからぬ瞳を悲しげに曇らせた茶色い髪の男は、己に言い聞かせるようにして、そう呟いた。

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