第3話 少女と祖母と鬼門の家1

 少女は祖母と共に、同級生から教えてもらった祓い屋の前に来ていた。

 聞いていたとおり、入り口の前には木板の看板が置かれている。


《祓い屋 お気軽にどうぞ!》


 これまでに何件もお祓いをしてくれる人を訪ねたが、こんなに簡単で素朴な看板は初めてで、心配になった。

 祖母も同じ気持ちだったのか、お互いに顔を見合わせてしまう。

 だけれど同級生の三人が本物だと言っていたし、今は、可能性のある物全てに縋るしかないのだ。


 祖母とつないだ手に力を込め、意を決して敷地に入った。


 足を踏み入れたその場所は本当に普通の民家で、益々不安になる。


「客か?」


 声がして、その方向へ顔を向けると、箒を手にした一人の男が立っていた。

 男は濃紺の着物姿で、長い黒髪を左の耳の下で緩く結っている。


「あなたが祓い屋さんかい?」


 男の眉間に寄った皺が怖くて黙り込んでしまった少女の横で、祖母が口を開いた。


「客か。こちらだ」


 男に促されて進んだ先は、庭だった。

 特に人間の手は加えられていない、すすきがそよ風に揺れる庭に面した縁側に、人が二人、座っている。


 一人は、ふわふわと柔らかな茶色い髪を持つ男。濃茶の着物をまとい、優しそうな面差しだ。

 もう一人は、同性である少女と祖母ですら見惚れてしまうほどの、美しい女だった。

 女は、散った紅葉が流水に浮かぶ、濃い紫の着物姿。唇には紅がひかれ、艶やかな黒髪は下ろされている。

 胡座をかいた男の脚の間に座り、腕に抱かれて眠っているようだ。


 閉ざされた瞼。長く濃いまつ毛が、白い頬に影を作っている。


「狐、客だ」


 少女と祖母を庭へと案内してきた黒髪の男が、女を愛しげに腕に抱く茶色い髪の男へ声を掛けた。

 金色にも見える薄茶の瞳が向けられて、少女は無意識に、祖母とつないでいた手に力を込める。


 邪魔をしてはいけない、映画の一場面に迷い込んでしまったような、そんな気持ちになった。


「雪乃、客だ」


 少女と祖母を視認してから、茶色い髪の男は、腕の中の女へ静かに声を掛ける。

 瞼がゆるりと持ち上がり、目覚めた女の視線が、少女と祖母を捉えた。


「よく来たね。どうぞ、そこへ掛けて」


 女は、自分がいる縁側の隣を指した。

 恋人なのだろうか、茶色い髪の男へと、その身を預けたままで。


「びゃく、座布団を」


 黒髪の男が座布団を用意してくれたので、祖母と少女はそこに座った。


「さて」


 言葉とともに、女は茶色い髪の男から離れて、正座する。

 動きに合わせ、きれいな鈴の音がした。

 茶色い髪の男は姿勢と襟元を正し、女の後ろへ静かに控える。


「客人、それを祓うには二十万かかる。払えるか?」


 女は、少女と祖母が何も口にしていないのに、そんな事を言った。

 益々胡散臭いと、少女は不安になる。


「お安いんですね。他の祓い屋さんには、もっとお支払いしましたよ」


 他にも祓い屋に頼んで、少なくない金額を払っていたが、解決することはなかったのだ。

 祖母の言葉を聞いた女は、口元で笑う。

 弧を描いた紅い唇が美しく、視線が、奪われる。


「十分だ。偽物に、ぼられたな」


 確かに、偽物だったのだ。


「では、行こう」


 この女は、一体どこへ行こうというのか。

 祖母と少女は、ここに来てから悩みの内容も場所も、何も話していないというのに。


 立ち上がった女が草履を履くと、茶色い髪の男が女の手を取った。

 黒髪の男は、その後ろに無言で立つ。


「お宅に案内してくれ」


 祖母と少女は女の言葉に驚いたが、黙って従う事にした。

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