狐と蛇の祓い屋
よろず
狐と蛇の払い屋
第1話 少年たちと肝試し1
丑三つ時と呼ばれる時間。
中学最後の夏休み。思い出作りの一貫として少年たちは、近所で有名な心霊スポットへとやってきた。
そこは、一軒の家。
今は住む者のいなくなったその空き家には、呪い持ちの親子が暮らしていたという、真偽のわからない噂がある。
娘が呪い持ちで、母親を呪い殺したらしい。
いつの間にやら住人はいなくなり、以降、買い手が付かぬまま空き家となっている。
曰く付きで、この地域に住む人間は近付かない場所ではあるが、少年たちの目的は、そこではない。
空き家の、さらに奥。
鬱蒼と生い茂る草木に隠れた、階段がある。
人の手が入らなくなってからだいぶ経つ、石の階段だ。
上った先には崩れかけの鳥居があり、鳥居を抜けた先には、朽ち果てた社。
その、人々に忘れ去られた神社が目的の場所だった。
「雰囲気あるなぁ……」
この神社には、何かが出る。
近隣の学校で、先輩から後輩へと語り継がれる怪談の一つ。
どうやら、教えてくれた先輩の同級生が肝試しを決行して、気が触れたらしい。
一年生の時に三年生から聞かされた話を思い出して、見に行ってみようという話になったのは、夏休み直前のこと。
「雰囲気がなかったら、肝試しにならないよな。いい感じに気味わりぃ」
大人からは、私有地だから入ってはいけないと言われている場所。
「よし、行くぞ!」
だが、この年頃の少年たちの興味は、禁じられればさらに掻き立てられるもの。
私有地になぜ入ってはいけないのかも、いまいち理解できていなかった。
三人は、鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け、懐中電灯を一つずつ片手に持って、足場の悪い石の階段を上って行く。
階段を上りきった先。
そこには、噂どおりの鳥居があった。
深夜でも、青臭い空気はじっとり暑く、皮膚へとまとわりつく。
汗が吹き出すほどに暑いのに、無意識に、三人は身を寄せ合った。
互いの顔を見合わせ、一つ、頷き合う。
一歩、足を踏み出して。
朽ち果てた神社の鳥居をくぐり抜けた。
「なあ……」
一人が、震える声で告げる。
「なんかここ……寒くないか?」
他の二人も、温度変化は感じていた。
「こんだけ木が生い茂ってるから、昼間に太陽の光が入ってこないせいだろ」
「そうそう。それに、山ってのは涼しいもんだ」
そうは言ったが、腕には鳥肌が。
皮膚を伝っていたはずの汗は、いつの間にか、乾いていた。
「臭いな」
体温調整のためではない冷や汗が、頬を滑り落ちる。
「動物の死骸でもあるんだろ」
気付けば、周囲が静まり返っている。
「死体とか、うえ、気持ち悪っ!」
あれだけうるさかった蝉が、一匹も鳴いていない。
風が揺らす木々のざわめきも、消えた。
目的の社まで辿り付き、賽銭箱の奥にある扉に、手を掛ける。
無言のままで、一人の少年が扉を開けた。
開けた瞬間。
冷気と、吐き気を催す臭気が溢れ出て、少年たちを包み込む。
「おい、なんか……ヤバイかも……」
「そ、そうだな。帰ろうか」
「……………」
二人は引き返そうとしたが、扉を開けた少年が、動かない。
「おい? 行くぞ!」
「ふざけんなよ、置いてく――」
突然上がった、断末魔の叫び声。
「ゔあぁぁぁぁあぁぁぁあああ!!!」
発したのは、扉に手を掛けたままの少年だった。
一人は腰が抜け、その場に尻もちをつき。
もう一人は、友人たちを置いて走り出す。が、すぐに何かに躓いた。
向けた視線の先――
足元には、生首。
「ひ、ひぃぃぃい!!!」
扉が開け放たれた社からは、黒くどろりとした何かが溢れ出し。
足が震えて立つこともままならなくなってしまった少年たちへ、大量の蠢く黒いモノたちが這い寄った。
目を見開き、口を閉じることもできず、震えが止まらない。
得体の知れないものへの恐怖により、思考が停止してしまった彼らの耳に届いたのは
――チリン
澄んだ鈴の音。
「びゃくだ」
女の声が聞こえた、一瞬後。
清らかな雨が、降り出した。
気付いた時には、黒いナニかは、消えていた。
「おい、ガキども」
そこには、先程までは確かにいなかったはずの、男がいた。
白い着物の上に黒い羽織りを肩から掛けた、長い黒髪を耳の下で緩く結った男。
「ここの社は長いこと神が不在だったんだ。連れて行かれるぞ」
不機嫌そうに男は告げて、踵を返す。
男が向かう先には、白い着物姿の美しい女。
女のそばには、もう一人、別の男が寄り添っている。その男も白い着物を着ていた。
彼らの装いは、時代劇の寝巻き姿。まるで、寝起きで駆けつけてきたかのようだった。
「何かあれば明日、この階段の下にある店に来ると良い」
女が静かな声でそう告げると、唐突に現れた三人は去って行った。
少年たちは互いの顔を見合わせてすぐ、転がるように駆けて、家へと帰る。
気付けば蝉の声は戻り、夏の暑さも、戻っていた。
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