アフリカに無償で道路を造った紳士の見たかったモノ
九十九
ありえたかもしれない20年前の愛国者へ
アフリカ東海岸、モンバサの港に一人の紳士が船から降りてきた
紳士の薄色の肌は日光で赤く焼けしており、見るからに現地の人間ではない
暑さでアイスクリームが食べたいと思ったが、売っている場所などないので仕方なく首都へと向かうバスを探し始めた
「西へ行きたいんだ、君のバスはナイロビまで行くかい?」
「観光かい?ナイロビまでは700シリングだよ」
「あぁそれで頼む」
運転手の男は雑に運賃を受け取るとポケットに突っ込み、再び乗客の呼び込みを始めた
紳士がバスに乗り込むとエアコンはなく、外よりも暑かったので乗客は窓から身体を出している
しばらくするとバスは現地の人々で一杯になり、運転手が発車を告げた
「順調にいけば明日の昼には付くヨ」
運転手は笑いながら乗客に言っていたが、乗客は皆信じてなどいない
バスはサバンナの草が刈られただけの土の上を走っており、しょっちゅう跳ねたり止まったりするのである
道路状況や天候に左右されるのこの旅が順調にいくはずもないのは明らかだった
意外なことにその日は大きな問題もなく辺りが暗くなったころに到着した村で一泊することとなった
翌日の早朝に運転手に起こされてバスへと戻り、再び出発する
大きな川ではフェリーが運航されており、小さな川には稚拙な橋が掛けられており車でも渡ることが出来るようになっていた
西に進むにつれ標高が上がってきて気温は涼しくなっていく
そんなことを考えながら進んでいると夜にはナイロビの街並みが見えてきたのである
紳士はバスから降りるとすぐに宿を探しに行き簡単な夕食を食べ眠りについたのだった
翌朝再びナイロビのバスターミナルを訪れた紳士はさらに西へと向かうバスを探し始めた
しかしこの先には小さな村々しかないためバスは運行されていないという
仕方が無いので村へと生活物資を運ぶというトラックの駐車場へと向かうと
紳士が運転手と少し話しただけで荷台へと乗ることが出来た
荷台にはすでに村人らしき人々が荷物と共に乗っており、紳士はその中でキプチョゲと名乗る少年へと話かけた
「その荷物をもってどこへ行く途中なんだい?」
「畑で取れたトウモロコシを売ったお金で農具と薬を買って帰るところです」
紳士はそれを聞くと少年の住んでいる場所の事や生活を質問した
「母は畑でトウモロコシと野菜を育てています、僕は牛を放牧するのが役目です」
「私の集落へはこの先の村で降りて徒歩で向かいます、車では通れない道があるんですよ」
どうやらこの先に少し大きな村があり、少年の集落はそこから10kmも歩いた先にあるのだった
紳士がその集落へ行きたいというと、悪路であることを理由に最初は乗り気では無かった少年も、案内料という言葉に負けてガイドを引き受けたのだった
少年と紳士はトラックを村で降りると、手早く昼食を食べ集落へと歩き出した
道中は酷い有様でぬかるみがあちこちにあり、川には丸太を並べただけの橋が架かっていた
幸い少年は村の学校へ行くために毎日往復一時間かけて通学しており
熟練ガイドさながらの働きで、紳士を導いて集落へと無事到着したのだった
少年の家で紳士は彼の母親に挨拶をした後にここに泊めてもらう交渉をした
最初は渋っていた母親だったが、宿泊料を出すと話はすぐに進んだ
どうやら夫がマラリアで他界しており経済状況があまり良くないらしい
夕食ではトウモロコシの粉をこねたウガリという郷土料理を食べ
紳士の持ってきた茶葉でミルクティーを飲んだ
その日の夜、紳士はキプチョゲの家族に自分の夢を語りだした
「私はこの村に学校と電気、水道設備を作り子供を労働から解放したい」
「ゆくゆくは牛のミルクからアイスクリームを作ってみんなに振舞いたい」
「今は過酷なサバンナを素晴らしい都市に変えるんだ」
そう語った紳士はカバンから札束を取り出すと、次の日から道路を整備し始めるのであった
街にはまず道路が完成し川には立派な橋が掛けられた、そこを工事車両が通り電気と水道が敷設されていった
少年の家の隣にも学校が完成して毎日通う事ができた
蛇口を捻れば清潔な水が飲め、食べ物が欲しければスーパーにはトラックで運び込まれた食料が冷蔵庫で冷やされていた
かつて少年の父が苦しんだマラリアの薬も首都に行かずとも手に入るようになり
それを買うお金が稼げる職にありつく事も容易いほど、村には仕事が溢れていた
あの日から20年、村は大きな都市となりオリンピックの誘致に成功するまでになっていた
かつてサバンナだった場所にはアスファルトの道路と鉄道が走り無数の観光客を運んでいる
少年は立派に大学を卒業し、今や市長としてこの街の発展に尽力していた
オリンピックでは各国の代表が集結し、表彰台では紳士の母国の国旗がはためいている
オリンピック閉会式の日
大通りに建てられた病院の一室で、紳士は市長に見守られながら息を引き取ろうとしていた
「いままでありがとうございました、あなたのおかげでこの街が造れました」
それを聞いた紳士は少し驚いた顔をすると、今までは見せた事のない邪悪な笑顔を浮かべ
「この街を造った事で、我が母国がマラソンで60年ぶりに金メダルを奪還したのだ」そう笑うと息を引き取った
数日後、かつてランナーだった少年はアスファルトで舗装された道路と整列したスクールバスを窓から眺めると
冷蔵庫からアイスクリームを取り出し幸せそうに頰張るのであった。
-完-
アフリカに無償で道路を造った紳士の見たかったモノ 九十九 @tukumoxxx1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます