第3話 新しいわたし

新しい家、新しい生活。


そして、新しい学校だ。

公爵令嬢になったわたしは、父の母校でもある上流学園本館に入学することになった。


真っ白なセーラー服に、水色のリボン。ロングヘアを揺らす鏡の中のわたしは、確かに美しかった。

孫娘の美しさに、元侯爵のおじい様が驚いた。


「何ということじゃ」

「何ということでしょう」


母も和した。


学校には、運転手付きの車で通う。

白亜の学園本館は、そびえたつ城のような建物で、朝日を受けたくさんの窓がきらきら輝いている。

ああ、わたしの青春はここでやっと花開くのかもしれない。


校門をくぐるとき、胸がときめいた。

生徒たちがわたしを見る視線が痛い。女生徒はじろじろと。男子生徒はちらちらとわたしを見ている。


わたしはまず学園長室に行き、そこで園長先生と対面した。


「ようこそ、上流学園本館へ。ゼログラビティ侯爵令嬢を学園に迎えられるのは、我が校としても、大変な名誉です」

「ありがとうございます」


それから担任の先生がやって来た。わたしは高等部の二年生になる。担任はやや顔を曇らせた。


「ディーさん。あなたは本来、わが校のレベルには学力が足りないのですが、容姿枠を使い、入学が許されました」

「え」


寺子屋があれで、こうだったから。母も町も、女子の教育には後手後手になりがちだった。

わたしは顔を赤らめた。


「素晴らしいことですよ。容姿枠は、十八年ぶりの復活です」


園長が興奮した口調で言った。


「十八年前に、男爵のご子息が巨星のように現れて以来、封印されていました。見合うだけの学生がおらず...。惜しいことです」

「美しい学生も、学力があれば普通に合格するので、自然と消滅してしまった制度です」

「まあ」


いろいろ侮辱された気持ちになって、わたしは学園長室を後にした。


廊下を歩く。本館の裏側にログハウス的な建物が幾つもあるのが、窓から見える。

先を行く担任に聞いてみた。


「ああ、あれは別館です。家格の劣る生徒たちの校舎です」



クラスにはすぐなじめた。

転校生は珍しいようで、みんな優しい。


「放課後に、入るパーティーを一緒に探しに行きましょう」

「パーティー?」


パーティーと言えば、寺子屋の青年部が主催するダンスパーティーしか知らない。

踊るのかしら。


「部活動のことをパーティーと呼ぶの。なぜかそういうならわしなの。必ずは入らないとだめな決まりになっているわ」

「そうなの」



昼休みになった。


昼食は学内の食堂もあるし、お弁当の人もいる。この日は初登校とあって、兄のビーエルがお弁当を届けてくれた。

彼は上流学園の大学部の方に編入が決まり、そちらに通うことになったのだ。


一緒にお弁当を食べながら、聞いてみる。


「お兄ちゃんは、容姿枠で編入したの?」

「え? 何のこと?」

「ううん、何でもない」


兄は違うようだ。

だって、ビーエルは男の子だからきちんと寺子屋に通えていた。だからこそ、その帰りに公爵のエロ眼鏡にキャッチされてしまうのだけど。


わたしとは学力が違うのだ。

わたしは、地球が丸いことも、三日前に父から聞いた。そして、まさか回っているだなんてことも…。


食べ終わった兄が、腹ごなしにうんと伸びをした。やせたお腹をちら見せするのが常だ。


周囲のクラスメイトが、その仕草をじっと見ている。ため息で空気が揺れるのがわかる。

壮絶なまでの兄の色気に、毒されてしまうのだ。



放課後になり、わたしは新しくできた友人とパーティー探訪に出かけることになった。


「まず、わたしのおすすめ。クイズパーティーに行きましょう」


彼女が入っているというクイズパーティーを目指す。


部室では、既に生徒が集まり、クイズを行っている。わたしはそれを見学させてもらう。

回答者が机に置かれたボタンを押すたびに、ピンポン、と軽快な音が鳴る。


「正解! では、チャンピオン問題」


楽しそうなパーティーの雰囲気に、わたしは前のめりになる。


「ああ、あなた。一つやってみない?」


部長に声をかけられた。


できるかしら。

どきどきしながら、解答席に立つ。


「羊羹の糖度は? 一、約70度。二、約0.5度。三、約30度。さあどれ?」


わたしはボタンを押した。ピンポン!


「二の約0.5度」


ブー。非情な不正解の電子音が鳴り響く。


「正解は、一の約70度でした」

「え」


そんなに甘いの?

100に近いなんて。


我が家は甘味がほぼない家だった。ふかしたお芋以上の甘味は知らない。


「羊羹の甘さが1以下なんて、ありえないっしょ」


周囲のわたしを見る目は、異物を見るかのように冷ややかだ。忍び笑いが起き、まるであざ笑うようだ。

出自を見下されているのだ。貧乏者の成り上がり娘だって。


わたしは泣き出した。

そのまま部屋を飛び出した。


「あ、ディーさん」


友人の声を無視し、わたしは廊下を走った。


ひどい。

わたしに何の落ち度が?

まさか、パーティーを追放されるなんて。



追いかけて来てくれた友人と、今度は違うパーティーを見学した。


「我が学園のシンクタンク。ディベートパーティーよ」

「へえ」


男子生徒が多い。腕を組み斜に構え、壁に寄りかかる雰囲気は、頭脳集団のように見えないこともない。ちらほら混じる女子生徒は、どうも部員よりファンに近いみたい。


男子生徒が二人前に出て、向かい合う。


「始まるわよ」


友人のささやきに、わたしも緊張してしまう。


黒いTシャツにキャップだ。顔は焼けて赤黒い。ディベートに新旋風を起こしそうな予感。


「さらします。とことんやったるで。確かな筋からの情報が、どんどん俺のところに入って来てます」


先攻の彼が背後のホワイトボードに殴り書きしていく。それを見て、女子生徒がきゃーと悲鳴を上げる。


「こっからはサロンでやります」


後攻だ。

黄色いパーカーのちょっと見さわやかな彼は、持ち込んだマイクを前に、


「でも、それってあなたの感想ですよね?」


やはり女子の応援が巻き起こる。「感想ですよね?!」。


友人が、こっそりとささやく。


「今は暴露系と論破系が、ディベート部を席巻しているらしいわ」

「そうなんだ」


でもわたしには、頭脳系は難しすぎて無理みたい。それに、誰かを言い負かしたり、暴露するのも好きじゃないから。



校庭で火が起こされていて興味を引かれた。

生徒が集まり、グループを作ってそれぞれ火を起こしている。


わたしの視線に、友人が教えてくれた。


「あれは、勇者パーティーよ。火を起こして、肉を焼くの」


友人の言葉通り、しばらくして肉の焼けるにおいがしてきた。足が自然にそちらに向かう。

大きなかたまり肉の真ん中を棒に差し、火にあぶっている。


まあ。

なんて馬鹿な人たち。

こんな程度で、肉に火が通ると思っているなんて。お坊ちゃまお嬢ちゃまの浅知恵にあきれてものが言えない。


わたしは彼らの前に進み出た。

肉のまわりだけ焼き、満足している彼らに指示を出す。


「あなた、穴を掘って。あなたは石を焼いて。そう、あなたはバナナの葉を集めて来て」


次々と出るよどみないわたしの指示に、彼らは軽くうなずき従うのだ。


バナナの葉で肉を包み、それを穴に埋め、上下から焼いた石で蒸し焼きにする。

ほどなく、たまらないいい匂いがあふれ出し、歓声が上がった。


取り出した肉は完璧な火の通り具合で、パーティー全員が貪り食う。

わたしも見学者の立場ながら試食し、グーサインを出した。これなら味にうるさい肉の町の人々もおいしさに唸るはず。


「どうか我々を導いて下さい」


部長に強くパーティー加入を求められた。


「正しいことを適正な大きさの声で話す。そしてその美しさ。あなたは我々が求めて来た賢者様に違いない」

「どうか、我々と真の勇者になりましょう」

「え」


こんなに頼りにされることは初めてで、うろたえてしまう。

わたしは、十八年ぶりに容姿枠で編入しただけの女子生徒なのに。

勇者が何かも知らないのに。


熱い期待は途切れなく、わたしはパーティー入りを決めた。

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