四、初陣

 いさき屋に戻ると、花帆が降りる前に芳恵が駆けつけた。今村と連絡が取れた、とスマート・フォンの着信履歴画面を見せた。今村は大通りで待機するので、下山するまで弘道か雄太の世話になるよう指示を出していた。

「ほんなら地雷丸と花子に乗るとええなぁ。これ以上疲れたら風呂に入って寝るだけやさかい。修学旅行の醍醐味はこれからやろ」

 地雷丸は喉を鳴らした。もう少し花帆を乗せていられると分かったからだ。

「へぇ、おじいちゃん少しは話が分かるじゃん?」

 結月は低い声で弘道を見下ろした。結月が跨った花子がこのタイミングで糞を落としていたならば、さすがの弘道も黙ってはいなかっただろう。

 花帆は芳恵を地雷丸に跨らせて、そのまま私が手綱を握った。花子は弘道が地に足をつけたまま導いていた。

 弘道の希望で、雄太も付き添った。いさき屋を離れ出口が見えかけたところで、野太い声と銃声が響いた。

 血の匂いからして、被害者は少なくとも二人だった。

「ヤバくない?」

 花帆は口元で人差し指を立てたが、遅かった。黒ずくめの男が一人、杜の中へ入って来て、雄太と焦点が合ってしまった。後から二人の男が続き、今度は花帆と芳恵も顔を知られてしまった。発砲後の煙と僅かな血の臭いを纏い三つの銃口がこちらに向けられた。

 弘道と雄太は脚が固まり、芳恵と結月は出ない声を呑み込んでしまった。花帆にはもはや、身の術を隠さずにはいられなかった。手綱を離して、地雷丸の上で自らのスカートの中へ両腕を交差した。

 発砲すると銃、それと同じ数の落ち葉が地から舞い上がった。

「何が起きた」

「生きている?」

「花帆!」

 最初に現れた男、雄太、芳恵の順に目を見開いた。

 一人も血を流すことなく、地雷丸と花子はいなないた。人間を振り落とすどころか馬鉄がしっかり地についていた。

 結月は花子の上で脱力し、弘道は手綱を離して膝が崩れた。雄太は尻もちをついて地雷丸の右前足に寄りかかっていた。

「どういうこと?」

 芳恵が聞いたのも無理はなかった。男は三人とも銃を持っていなかったのだ。芳恵が背後からしがみついていた花帆は両手指の間にペンを複数本構えていた。花帆の威圧感に、芳恵は両腕を巻きつけたまま震えあがった。

「井崎さんがた

 花帆は左手指に挟んでいたペンを右手指の余った隙間に移して、芳恵の腕をそっと剥がした。地雷丸から降りて、雄太に跨るよう指示した。

「この場所に行って」

 花帆のスマート・フォンを見せるも雄太は中々頷けなかったが、弘道が促すとようやく従った。弘道はすでに花子に跨っていた。

「この状況で花帆を一人にするの?」

「あり得ない! だって相手は」

「うん、だからこの子だけにはすぐに戻って来てもらうよ。できるよね? 地雷丸」

 芳恵と結月が責めると、弘道と雄太は二人から目を逸らした。花帆の命令とはいえ、一般人の前では良心が痛むのかもしれない。

「悪いけど、急いでもらえますか? 四人抱える方がかえって私の命が危ないので」

 芳恵は口を噤み、結月は花帆から目を背けた。自身の良心と花帆の支配力との板挟みになっているようだった。

 初陣を控えた花帆には不要な感情だった。花帆が苛立って自身の背中を指さすと、雄太はようやく地雷丸を走らせた。弘道もいた。彼らの姿が見えなくなるころには、十人の男が花帆を取り囲んでいた。

 これで花帆は本気を出せるようになった。三つの銃弾を銃口に戻し、宙に飛ばしたときよりも強い殺気を放った。

 男たちは立場の弱い順に膝が震え始め、そのうちの一人は股間に世界地図を描いていた。

「女相手に何ビビってはる」

 最も大柄の男がしゃがれ声で精いっぱい叫んだが、その割には銃を構える両肘が震えていた。無理もないことだった。男たちは常に集団で優位に立ち、国が定めた甘い掟に触れてきた、ならず者。

 対する花帆は、孤独に戦い続けてきた記憶と鍛え上げられた術でできている。花帆自身も自らの恐怖を体験して乗り越えている。

 銃口を向けられたところで、銃弾を軌道から外すことなど造作もないことだった。

 男の雄叫びとともに、残り九人の男が四方からこちらに向かって駆け出した。花帆は前方の男の背に飛び乗り、そのまま宙返りで木の枝を掴んだ。

 最初の十丁の銃弾が空になるまで、花帆は木から木へ飛び移った。弘道と雄太が向かった先と逆方向に男たちを導き、予備の拳銃を取り出させた。

 その間に男たちの応援が十人駆けつけたものの、花帆が避けた銃弾が命中した。

 そう、その調子だ。花帆はできる。

 第一陣のみが残るまで飛び回っていたが、花帆は息がほとんど乱れていなかった。

 予備の銃弾が切れるころ、落ち葉の飛沫とともに地雷丸が駆けつけた。背中には誰も跨っていなかった。

 男たちは三番手の拳銃を懐から取り出した。対する花帆は両太ももに忍ばせていたペンを宙から投げて銃弾を弾いた。

 幹から幹へ蹴り降り、無傷の地雷丸の背中へ着地した。

 花帆が見る限り、全員の服には不自然な膨らみが消えていた。男たちが構えている拳銃が最後の一丁だと判断、花帆は準備を終えた。

 この初陣は、茎針雨を完全に花帆のものにするための舞台だった。

 すべては使命完遂のために。


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