二、団子のいさき屋

 三人は土砂と木材で補正された小道を辿ったものの、地元の横浜では見慣れない紅葉に引き込まれ小道の先を見失った。

「これ、さすがに諦めた方が良くない? 私が言っておいてどうかと思うけど」

「日が沈んだら……野宿?」

「そんな野蛮なこと、花帆にさせるわけがないじゃん! ましてや今、十一月だよ。風邪引くに決まっているし!」

 午後三時。夕暮れには早い時期だが冬の日照時間に近づいていた。国道に向かうには、この瞬間が最後のタイミングだった。

「ちょっと待って。もしかしたらこの辺に人がいるかも。しかも悪い人じゃないっぽい。出会ったら一緒に下山するよう頼んでみようよ」

「花帆、勘が鋭いにしたって、さすがに無茶だよ。前から思っていたけど、どうしてそんなことが分かるわけ?」

 結月が平静を崩すと、芳恵が制止した。

「そんな言い方、花帆に失礼だよ」

「あんたが大声出すほどのことは言っていないし。それに芳恵だって、花帆のことならこういうことだって気になるでしょう?」

「芳恵、私は大丈夫だから。結月が言うことはもっともだし。結月、この勘は生まれつきとしか言いようがないの。だから芳恵をこれ以上煽らないで。初めての修学旅行で喧嘩なんて悲しいよ」

 二人が声を呑み込み謝るが、花帆の耳には届いていなかった。

 花帆は木々の奥から小さな木造小屋を見つけて、目が離せなかった。

 小屋の背後から現れた高齢の男性も花帆と視線が合い、芳恵と結月に気づくまでその場から一歩も動けなかった。

「この辺りに休めるところはありませんか。それかお団子屋さんは?」

「Wi―Fiとか通っていますか」

「下山したいんですけど」

 花帆たちは簡単な挨拶の後、それぞれの言い分を男性に伝えた。

 男性は白の着物と薄紺の袴の裾が揺れず、目を点にして一人ずつ見渡した。

 花帆はこの男性に流れる血も、小屋の正体も後に気づく。

「はて、団子屋といえばうちのいさき屋かな。あいにく水曜日は定休日でなぁ」

 すると芳恵は落ち葉の上で両ひざを抱えた。地上の紅葉と芳恵のローファーの底が摩擦する音、結月が落胆する芳恵を撮るシャッター音が重なった。

「そやけどせっかくのご縁や。どうやろ、自宅用の団子でよければご馳走しよか。ついでにうちの飼い馬と遊んでいったらええ。わしが先生に連絡しよう。『わいふぁい』とやらはあらへんけど休んでいったらええ」

「そんなことで甘えるわけにはいきませんよ。そろそろ下山しないと先生に怒られるし。それに私たち、おじいさんのこと知らないし」

 結月が花帆の前に出た。いさき屋の男性は右手で顎を撫でおろした。

「先生はよぉ指導してはるなぁ。こりゃわしが悪かった。わしはいさき屋の井崎いさき弘道ひろみちいうて、ついでにそこの祠も管理しとるんや。この小さな小屋にな、神様が住んではるんよ」

 花帆は弘道に引き寄せられた理由に納得した。弘道が無礼を演じていることを伝えたくて花帆と視線を何度も合わせていたことにも気づいた。

「いや神様っておじいちゃん、今はそんな時代じゃないでしょ」

「大丈夫だよ。結月、井崎さんは本物のお団子屋さんだよ。うっすらと甘い香りがするし、何よりあの祠から漂う木材の香りがキレイだもの。神様の存在云々よりも、井崎さんご本人を見ようよ」

 弘道のこめかみが震えると、花帆は結月をゆっくりと窘めた。結月が神を否定する理由を知っているが、花帆にも井崎の誇りを守る理由があった。

「三つ編みのお嬢さんは鼻が利きはるようで。わしは先に向かうさかい、お三方はゆっくりついてきはったらええ。今のうちに先生に電話しよか」

 弘道は祠に一礼すると、腰に両拳を当てて進んだ。結月が芳恵の両手を引いている間に、花帆は自分のスマート・フォンで担任の今村に事情を説明した。今村は二つ返事で了承して、夕暮れ前の十八時までに下山させてもらうよう指示した。

 芳恵は定休日に捉われて落ち込んだままで、結月は未だに弘道をうさん臭いと決め込んでいた。だが花帆が弘道の後をついていくので従うことにした。

 二人のうち、先に進んだのは芳恵だった。花帆が弘道をここまで警戒しないことが気になったからだ。芳恵は花帆の勘が勘でないことを知っていた。

 結月は山中で一人彷徨うことが嫌で二人の後を追った。


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