十六歳

一、修学旅行 

「ごめん、確実に道に迷った」

 水原芳恵よしえのスマート・フォンまでもが萎びる落ち込みようだった。

 花帆が画面を覗 き込むと、立ち位置の進行方向は真逆を指したまま固まっていた。

「速度制限? だからポケットWi―Fi を契約しなって言ったじゃん。せっかく京都 まで来たのに、ねぇ花帆」

 そういう白田しらた結月ゆづきも罪悪感で語尾に覇気が無い。初日の昨日、自宅に充電器を忘れ たままポケットWi―Fi の本体が電池切れした。その上クラスの誰もが結月の充電器 と同型のものを持っていなかった。

「でもせっかくだから、歩く? 芳恵推しのお店、見つかるかも。だからナビのこ と、気にしないで」

 対する花帆はスマート・フォンの使用を通話とLINE のみに絞っているので、ポケ ットWi―Fi は不要。

「優しい花帆、今日も可愛い!」

 歩き出すと、芳恵が両手でスマート・フォンを構えていた。

「カメラ、動くんだ」

 花帆の喉奥へ風が通った。芳恵と結月の前を歩いて振り返っただけの姿を撮って何 が嬉しいのか、出会って一年経っても花帆には理解できなかった。

「相変わらず花帆のことが大好きだよね、芳恵は」

「お団子を食べる花帆も撮れたら最高なのに。ツイッターでアップされていた三色団子、市販の味よりかなり控えめなんだって。あーあ、花帆が喜ぶはずだったんだけどな」

 芳恵がスマート・フォンに額を擦りつけて嘆く。結月はその姿を見て懸命に唇を閉じた。唇に右の拳を当てて、笑いを堪えていた。

「芳恵、そこまで考えてくれていたの? ありがとう。凄く嬉しい」

 花帆は視線を逸らし、長めの三つ編みを揺らしながら再び歩き出した。花帆の「嬉しい」と芳恵が捉えた意味にズレが生じていた。芳恵は誤ってスマート・フォンのカメラ機能を閉じて、顔面全体と両耳が赤面した。

「あんたたち本当に好きだわ。見ていて飽きないもん」

 結月が耐えきれずに噴き出した。花帆が芳恵の赤面に気づいていないことも、結月のツボにはまった。

 花帆は同世代間での褒め合いや感謝し合うことに慣れていなかった。結月も数少ない親友だが、芳恵はそれ以上に特別な存在だ。花帆は照れ臭さを巧みに隠しきれない。山上で営む団子屋を想像でもしないと、無理に会話を終わらせることもできなかった。

 芳恵は花帆が濃い味の食べ物が食べられないので、配慮が嬉しかったのだと思った。自分にしかできない役目への高揚感と興奮で喉がつかえていた。

 このとき誰一人知らなかった。

 花帆が、いつか優しい日々を終わらせるべき運命に悩んでいることも。

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