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「じゃあ、行ってくるからな」


 玄関でビジネスシューズを履き、カバンを手荷物や純夜の足が見え顔を上げる。「どうした?」と声かけると「途中まで行く」とお使いの荷物を手にローファーを履く。私服があまりなく前の学校の制服を私服代わりに来ている純夜に和也は「金やるからお使い終わったら服でも買ってこい」と長財布から一万円札を取り出し胸ポケットに突っ込む。


「いいの? 買って」


「当たり前だ。もう学校は辞めたんだ。自由に好きな服を着ろ。残った金は返さなくていい貯めてもいいし、好きに使うといい」


 鍵を開け、外に出ると自転車を置いてきたことに気づき「バスと電車かよ」と肩を落とす。だが、純夜は逆に嬉しそうで「駅の道分からない」と言いたげな顔にドアに鍵をかけては「ほら行くぞ」と歩き出した。



           *



 家から数分歩いたところにバス停。通勤時間ということもあり人が多く、和也が自転車で無理矢理職場に行っていたのは苦手な混雑を避けるため。しかし、今回はそうもいかず押しくら饅頭状態の車内。純夜も少し苦しそうな表情をしていたことに気づき、駅の一つ手前で下車。二人静かに横断歩道で立ち止まり、やがて歩き出しでは「地獄だよな」とさり気なく和也が話を切り出す。


「うん……ボク、混んでる所嫌い」


「わかる。苦しいよな。職業柄、俺は好んだほうがいいんだろうが好まなくてな」


「お兄さん、人好きじゃないの?」


「嫌いだ。“”だから」


 五分ほど歩いて無事に駅につくと「お前の行き先は好事屋の近くの裏路地にある。隠れたバーだ。確か自宅兼用だから上に行けばどうにかなるだろうがろ……頑張って一人で行けるか?」と寄り道するのか電車が別だと電子掲示板を指差す。


「もしかして、部下さんにお見舞いの……」


「あぁ、悪いな。お前のことはGPSで追跡してる何かあったら向かう。怖くなったら電話でもつけっぱなしにしてろ」


「わかった。頑張って行ってくる」


 純夜はバイバイと和也に手を振り、人混みへと自ら進んで行く。和也はスマホを取り出し、GPSを見つめては「アイツラと知り合いになれたらいいんだが……」と溜め息を漏らし、改札へと入っていった。



          *



 和也と別れ、不安な顔をしながら純夜はガタンゴトンっと電車に揺られ、終点である【池袋駅】にたどり着く。八時、九時と時間が速いためやってるお店は少なく、サンシ〇イン通りを進み、なるべく早く人気の多い道を歩く。もし、開店していたらゲームセンターや靴屋を見たかったが渋々奥へ。

 奥に行くと大型ショッピングセンターを離れ、オタク必見のお店やコスプレイヤーが通う店が。その少し離れた所、ビル街に静かな場所に【好事屋】。純夜は和也がダークウェブに住所を書いたことを思い出し、アクセスすると地図アプリはその隣りにある細い裏路地を指していた。


「え、此処を通るの」


 恐る恐る子供一人入りそうな路地を通り、なんとか反対側へ出ると道路を超えた正面に【Bar】と消灯したネオンサインの看板。開店したてなのか、とても綺麗でガラス張りなためカウンターや椅子が目につく。

「此処かな」と位置を確認しつつ車が来ないことを確認した上で走り出すとドアには『CLOSE』の文字。


「えっと……自宅兼用ってお兄さん言ってたよね」


 周囲をキョロキョロ見渡し、上を向くとバーは二階建てか似たような雰囲気。その上はアパートなのか洗濯物が見え、何処から入るのか周囲を周っていると煙草の匂い。電子タバコとは違い、煙草独特の香りに誘われるようにバーの裏を見ると和也に見せてもらった男性が煙草を吸いながら立っていた。


「あぁ? お前、アイツの使いだろ? 待ってたぜ。初めまして俺は“赤羽根 圭祐けいすけ”。弟の陽佑ようすけは爆睡しててな。お目見えできないのが悪いな」


 丁寧に会釈され、フゥ……の上に向かって煙を吐いては「品物貰おうか」と保冷バッグごと渡す。中を軽く確認し「お駄賃」と分厚い茶封筒に純夜の目が点になる。これ、受け取っていいの? と首を傾げる姿に圭祐は勘付いたか腕を下ろす。


「あぁ、裏業界慣れしてないのか。いつもアイツとは金で取引してるんだ。“配信に金が掛かる”って言われるもんだからさ。あぁ見えて訳ありな身なんでアイツも俺達も……。お前も闇堕ちしたのか?」


 指でトントンッと煙草の灰を落としながら自然に話しかけてくる圭祐にコクリと頷くと「そうか。昨日の配信、アイツにしてはなんか違う気がした。まさかとは思うが……“”とは嫌なことをしたもんだ」と俯き視線でフッと笑う。


「え……なんで……それし――」


「悪友達。こう見えて繋がりは長いんだぜ。見りゃ分かる。言われるがまま操り人形のようにお前はやってるみたいだが深い関係の奴らには効かんな。まぁ、大した度胸だ。飲み物一杯奢ってやる。此方だ、ついて来い」


 圭祐は煙草をV字に折り、捨てずに持ったまま裏路地の奥に大人一人入りそうな階段。そこを一階、二階と上り三階に事務所のようなドア。カードキーを翳し「ほら、入れ」と言葉で押され中に入ると外観では想像できない大理石の床、シックな絨毯と華やかなアレンジメント。高級かつ大人の空間が広がっていた。

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