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「お前……カップから角砂糖はみ出してるぞ」


 楽しそうにパズルを解いているかのような見事な積み上げ。溢れぬように少なく注いだ恭一も褒めるべきだろうが、それよりも隙間なく敷き詰められた角砂糖のバランスの良さ。


「ここの砂糖が美味い」


「いやいや、変わんねーから。強いて言えば少し甘さ控えめにしてるな」


「それがいい。何個入れてもクソ甘くないから」


 スプーンで軽く混ぜ、スッ……と一口飲むと口に広がるはラ・フランスの甘さとレモンの爽やかな風味。渋みは紅茶か。またそれがクセになる。


「はぁ……落ち着く」


 背もたれに思いっきり身を任せ、和也は天井に目を向ける。しばらく黙り「そういえば俺の周囲で人が死ぬんだり、傷ついたりするのは何人目だ」とポロッと口ずさむ。

恭一はその言葉をあえて無視するも「新人は何も悪いことはしてない。まぁ、過去に何かあるかもしれんが……。警部なにかしてるのか?」とブツブツ独り言。


「そんなに気になるなら調べてみろよ。得意だろ?」


「まぁ……それやりたくてなったもんだからな」


「じゃあ、やれよ」


 冷たい恭一の言葉にチラッと一瞬目を向けるも逸らす。


「その前に代理人を作らないとな。じゃなきゃ動きにくい。あの高校生、独学だろうが筋がいい。それを利用する」


「警察が言う言葉じゃねーよ。それ」


「と言うわけだ。オレたちが使ってる暗号教えようかと思うんだが……あと、ダークウェブな。ついでに知り合いの店にパシリでもさせて挨拶にでも向かわせようとは思ってる」


「おいおい……子供だぞ」


「裏を返せば罪あり。何かあったら晒せばいい」


 和也は取っ手に指を引っ掛け、ティーをコクっと一口飲むと「【】じゃないが【】すればいい」と静かに言う。その言葉に恭一は思い出したように指を鳴らす。


「そういや、いいチョコ入ったんだよな。持って来るから待ってろ。ついでにガキ呼んでくるわ」


 そう言い出し和也は一人残されると「支配されるのは嫌いだが支配するのは好きなんだよな」と電子タバコを取り出し咥える。「ふぅ……」と煙が天井へ舞うや「し、失礼します」と純夜がチラリとコチラを覗く。


「あの、着換え……叶愛さんが」


 トトトトトッと小走りで来るや大切そうに持って来たのは濡れた和也が風をひかぬようにと近くの店で買ってきたと思われるカジュアル服。Vネックにテーラードジャケット、黒いジーパン。少し若い人向けのコーデに顔が引きつるも「後ろ向いてろ」と受け取り着替える。

 コンコンッとノック音に「あ?」と不機嫌そうに答えるや恭一は「失礼」とチョコの箱片手にやって来た。


「和也、これなーんだ」


 デスクの上に本を思わせる箱。しかも、和也にとってそれは“好き”なモノであり、バレンタインデーでしか買えないレアな代物。


「よく見つけたな」


「そりゃあ、お得意様だからな必死に探したわ。しかも、駒が全部ある。ホワイトとブラック。台はないが紙付き。ゲームも出来る」


「へぇ」


 嬉しそうにあ明ける和也に興味を引かれ純夜は駆け寄るとホワイトチョコレートとブラックチョコレートで出来たチェスの駒。キング、クイーンが一個。ルーク、ビショップ、ナイトが二個。ポーンが八個。それを一つ一つ紙のチェスボードに置いていく。


「お兄さん、これなに?」


「チェス。日本で言うと将棋。【ボーン】は将棋で言う【歩】に近い。【キング】は【王将】。分かるか?」


「うーん……」


 純夜の難しい顔に和也は少し意地悪なことを聞く。


「例えば、お前だとどの駒だと思う?」


 和也の問いに純夜は丸い駒を指差す。


「何故だ?」


「一番小さいから」


 子供らしいかわいい答えに思わずクスッと笑ってしまう。理由はともあれ正解。


「こいつの名前は【ポーン】。覚えとけ。じゃあ、一番強いの分かるか?」


「うーん……王冠ついてるやつ?」


 流石にそれは分からないのか【クイーン】を指差す。


「それは【クイーン】。次に強いやつだ。王冠の上に十字架あるだろ、そいつが一番強い【キング】。取られたら負けだ。チェスは少し頭を使うが敵を誘導したり、フェイント掛けたりと楽しい。立ち話もなんだ。少しやってみるか?」

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