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「なんだよ、謝りもしないのか? ケッこれだけら今の若いのは……」
不機嫌な空気で廊下を歩き、本棚に囲まれた個室に案内されるも恭一の口から漏れるは先程の愚痴。
「1チャージでいいか?」
書斎をモチーフにしたアンティークなデスクと椅子。座れ、と椅子を引かれ仕方なく和也は腰掛ける。
「連れてきたガキにもよる」
「あぁ、アイツな。お前が仕事以外で人助けなんて珍しい。何かあったのか?」
「それなりに。いつものノンカフェインのブレンドティーと後のメニューは任せる」
「了解。連れは隣の部屋にいる。俺と少し話したら連れてきてやるからその前に薬打っとけ。暴れられたら困る」
叱られ、ガン飛ばされ、渋々和也は即効性のある安定剤を所持していた注射器で太腿に刺す。痛みに目を逸し、薬を流し込む。ネクタイを解き、針を引き抜いた瞬間、軽く結び圧迫。
「ハァ……」と背もたれに身を任せ、書物の匂いと部屋の静かな空気に深呼吸して落ち着きを取り戻す。たまたま目の前に置いてあった分厚い本に手を伸ばしザックリだが読む。
此処は会員であれば一部書物を貸し借り可能な場でもあり、普通の本屋と違い【裏】の世界の情報や年間の死亡数、警察リスト、ブラックリスト、殺し案件……が揃う。
「毒物、化学物質、工作に医学……。で、クズな奴らの一覧」
仕事の疲れと部下の怪我、先程の錯乱と精神的に参っている和也はデスクに腕を枕にうつ伏せ。目を閉じ仮眠を取っているとブーッブーッと目覚まし時計のようになるスマホを嫌嫌ながら取り出す。
――sorry i didn't die:(――
(死ななくて残念)
身元不明の通知。日常用のスマホとは別の裏用のスマホのため仕方がない。たまに“迷惑”なコメントが来る時がある。
和也は見たくもない文章にデスクをバンっと一発思いっきり叩くや頬杖をつく。ため息を漏らし「コイツ敵味方どっちなんだよ」と舌打ち混じり言葉を吐き捨てた。
コメントの送り主、彼とはダークウェブで話したことはあるが顔は見たことがない。そして、大体の現実世界での嫌がらせ行為は“コイツ”がやってくる。ストーカーなのか、本気で殺してきてるのかはさておき、何故か執着してくる。
『did you want me dead?』
(俺に死んでほしかったか?)
――Because I like the way you suffer――
(苦しむ姿が好きだから)
変態か。そう突っ込みたくなるも和也はあえて言わず英語で打つのが面倒になり『暗号で送ってくるくせに今日は優しいのな』と雑に返すと『585858』。突然の数字暗号に「は?」とスマホを投げたくなるも我慢。続けて『2207810562074345 32511255211208』にブチ切れる。
「なんでわざわざ長ったらしいの送ってくんだよ!! 普通に喋れんなら電話なりしろ。この――」
静かにキレるはずが罵声が飛び、ドアから気配を感じ顔を向けると隣の部屋にいた純夜がチラッと覗いていた。
「お兄さん、大丈夫?」
弱々しい怯えた声。怖がらせたか、我に返り深呼吸。
「あぁ……知り合いの嫌がらせでキレただけだ。煩くして悪かったな」
見られないようスマホを伏せ「どうかした?」と薄く微笑むと純夜は少し遠慮気味に和也に近寄る。
「此処……なんか普通と違う気がするんですけど。皆さん優しくて……」
オドオドとした態度に和也は「お前もだろ?」とニヤッと嗤う。
「え?」
「此処は裏世界。分かりやすく言えば“裏業界”に触れる場所。此処にいる奴らは殺し屋でその系列でいくつか店を経営してる。だから、慣れないお前には怖く感じる」
「で、でもお兄さんは……」
勇気を振り絞って何か伝えようと純夜が口を開くも「おまたせしました」と恭一と声が被る。「あ」と気まずい空気に「いいぞ」と和也は手招き。すると「純夜くん、お姉さんのパンケーキ出来たよ」の叶愛の声に純夜は廊下に顔を向ける。
「食べてゆっくりしてから来い。続きは後で話す。怖がらなくていい。コイツらは俺が命令しない限り殺しはしない。いいな?」
和也は不器用にそう伝えるとコクっと純夜は頷き「はーい」と小走りで出ていく。
「取り込み中だったか」
「ノックぐらいしてくれ」
デスクの上にポットと真っ白なカップティー。瓶に入った角砂糖とミルク。
「今日はラ・フランスとレモンとダージリンを合わせたさっぱりとした紅茶。フルーティーな香りと味わいを楽しんで頂いたいのですが……お前の場合気にしないだろうからどうぞ」
丁寧な扱いにして雑な説明に和也は笑うと「今日は甘めがいい」と恭一がカップに紅茶を注ぐ横で角砂糖をコロンッカランッと一粒二粒と次々と入れた。
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