七、幸福
それからリョンハは、終わりへと向かう計画を進めながら、子どもの心理を学んだ。結婚もしないのに子育てのことを学んだ。精神医学の復習をした。
何度か東宮殿に赴き、ゆるふわりと可愛らしい娘のふりをして、慎重に彼を観察。そして彼との関わり方を固めた。
世子は高い知能を有しているが、心には子どもらしいところもある。彼の悩みは、賢すぎること。知りすぎてしまうこと。心と頭の不均衡。子どもに好かれる立ち居振る舞いを、他人の記した書物の通りに演じるだけでは逆効果だと思われた。実情に即した工夫が必要だった。
彼の頭脳と真っ直ぐに向き合い、その才能を武器にできるように育てながら、子どもらしくありたいという心も満たす――それが、医女リョンハのするべきことだと判断した。
前世の学問のことを幼少期から思い出し、その記憶を抱えて生きていたリョンハには、他の誰よりも彼に寄り添える自信があった。
彼女の自信は、強い。才能と経験に裏打ちされている。彼女は自分を心から信じて生きている。
彼女は、強かな女だ。
世子ルェは、幸せだった。
リョンハと出会ってから、前よりもっと幸福になった。王宮内を歩く足の運びも、自然に堂々としている。
共に過ごすにつれて、ルェはリョンハをどんどん好きになった。もう父上と母上と兄上と同じくらいに好きだ。順調に彼女の虜になっていた。
権力者の寵愛は、時に国を揺るがすもの。ルェも歴史から知っているはずだった。
それなのに、リョンハの危うさには気づけなかった。彼女はあまりにも
薄青の衣の医女と見習い娘とを連れて歩く純白の彼女が見え、世子は表情をぱっと明るくする。白い日差しに、彼の深青の服が鮮やかに照らされる。
「リョンハ!」
「世子様」
リョンハはいつもの可愛らしい笑みを世子に向け、応える。この無害そうな笑顔に、今日は何人が惹かれているのだろう。誰が恋しているのだろう。
夏が終わり、秋になり、寒さが重くなっていくにつれて、リョンハはますます可愛くなったようだった。化粧が濃くなったからではなく、内面から滲む輝きが強くなっているのだ。ルェはそう感じる。今日もリョンハは可愛い。
世子も可愛らしさいっぱいの様子で彼女へと近づき、小さな包みを差し出した。
「ほら、果実飴だ。仕事がいそがしいのであろう? あとで食べろ」
「わ〜! ありがとうございます! いただきます!!」
王妃や世子からの贈り物もにこにこと遠慮のない様子で受け取り、王の御前で菓子を頬張ることもしてのけるリョンハ。このひとなら、いつか、誰にも呼ばれない自分の名も呼んでくれるかもしれない。そんな期待さえ、最近のルェは抱いてしまう。
「また父上のところか? それとも母上のところか?」
「先ほど
「父上のご様子は……どうだ?」
「最善を尽くします」
リョンハらしくない、けれど聞き慣れた答えだった。父王の容態は芳しくない。でも、ルェは信じていた。リョンハなら救ってくれると。
リョンハは、彼に光をくれた。恵まれすぎた才能も、彼女のおかげでしっくりと身体に馴染んだ。
彼女と出会ってから、兄の
「またな、リョンハ」
「はい、世子様」
こんな日々が、もっと続くと思っていた。彼女と話して学びを深め、彼女の姿から生き方も学び、彼女に甘えて子どもらしくも過ごす。盲信した。
いっそ不思議なほどに、皆が皆、彼女を信じていた。誰も、彼女を王の主治医の座から降ろそうとはしなかった。
実際、リョンハには、もっと王を長生きさせられる知識も技術もあった。
なのに、それをしなかった。どうしてか。
年が明けてすぐの冬の日――王が崩御した。
そこから、彼女の化けの皮、否、彼女の作り上げた仮面が剥がれていく。彼女の思惑通りに。
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