第31話 レンタルボディ
人間の意識を電子データに転送する技術が生まれて十数年。今ではシェアボディやボディレンタルが大流行している。
それは、俺のような稼げないやつらの良い副業になっている。
人間一人に一つ、人工ボディを与えられる。これは新たに生まれた社会福祉制度だ。
今の技術ではデータを電子データに出来ても、電子データの街をつくるまではいかなかった。文明社会を回すうえでは労働者が必要だ。
労働のために支給された体だったのだが、俺はその唯一のボディを使ってボディレンタル業を始めた。眠っている間に勝手に体が働いてくれる、というのはかなり魅力的だ。
自分の体に思い入れがあるような人間や、意識と体の結びつきが強い人間には分からない感覚だ。
俺は自分の体をシェアする予定表を見ながら、ネットを眺めていた。意識体では見つめることしかできないが、それでも暇つぶしにはなるだろう。
『ボディシェアの底辺労働者を一躍金持ちにしてみた』
なんだろう。動画サイトから――金持ちや底辺という言葉でひっかかったのか、急上昇ランキングに上がったライブ配信をおすすめされた。
見ると、いくつかのボディを巡り、体に登録されているデータを確認し、家を突き止めている。モザイクがかかっているが、金持ちだったり貧乏だったり、どこかの会社だったり。
配信者は、色んな体でお調子者の感想を紡いでいく。
『やー、配信映えする底辺ってなかなかいませんねぇ』
その言葉にいくつものコメントがつく。
『ひっどwww』
『まあ金持ちはいくつも体を持っているからな。お小遣い稼ぎで登録してんじゃね?』
『底辺て、また炎上しちゃうよ~』
モラルにかけているとは思うものの、確かに面白い。何よりライブ配信だからこそのリアルタイム感。俺はひまつぶしにこの動画を観察することにした。
体が戻ってきたらチャンネル登録してやろう。
そうこうしているうちに十数回のボディシェアが行われた。
居住地を確認するために、移動していくと、そこには見知った街並みがあった。
(へぇ、近所にもレンタルやってるやついたんだな)
ぼんやりと思っていた所、配信者は俺の住んでいるアパートを画面に写した。
(――は?)
『まさに底辺にふさわしい佇まいですね。ちょっと家賃を調べてみましょうか!』
そうして画面に映し出されたのは、ぱっとしない俺の顔。
『二万八千円! 駅近でこれはなかなかの物件ですねw』
『やっす』
『事故物件?』
『ボロボロじゃん』
配信者はアパートの様子を見て、にこりとカメラに振り返る。
『今日はこの底辺に夢を見せてあげましょー↑』
ボディシェアは特殊な機械で意識データを電子サーバーに入れている。そんな機械は一般市民には手が出ない。
だからレンタルシェア会社に仲介手数料を払っているのに!
借りる側は自身のボディ用の貸倉庫とレンタル代を払う。だから俺の体はアパートにあるが、配信者の体も同じレンタル会社のブースに接続されている状態だ。
『あ、すいません~』
『は?』
『ぼく、このアパートのものなんですが、部屋忘れちゃってぇ』
そんな会話にはっとすると、無愛想な大家と配信者がカメラに写っている。大家はカメラを訝しそうに睨んでいた。
『あー、またなんか変な事やってるの?』
『変な事って……部屋番号聞いてるだけじゃないですかー!』
『一○一号室だよ。あんたもいい加減に真面目に働きな』
『はーい。あ、すみません鍵も落としちゃってえへへ』
『はいはい』
大家は配信者に俺の部屋の鍵を渡した。
『底辺にふさわしい部屋だな。なんか臭うし。アシくんはどう思う?』
配信者が問うと、アシスタントをしていたカメラマンはこれ見よがしにふんふんと臭いをかぐ。
『やっぱ他人の家って感じっすね』
『なんかゴッキーでそうじゃない?』
人の家に勝手に入り込んで好き勝手言いやがって! 俺は怒りに震えたが、今は電子データにすぎない。見る事しかできなかった。
配信者たちは好き勝手に俺の部屋を歩き回った。その間も、狭い・汚い・ゴミだらけなどと散々だ。コメントも同調するようなものばかり、ムカつくやつら!
『それで本題の金持ちにするってネタなんですけど、とりあえず……アシくん!』
『はい!』
アシスタント兼カメラマンは紙袋を配信者に手渡す。そこには大量の札束があった。それをテーブルに置いて、配信者は何やらメモを置いてアパートを去ってしまった。
『みなさんもようつべドリームをつかみましょー↑ それでは、ばいば~い!』
『ええ、お金おくだけ!?』
『うらやま』
『さすがに偽札よな……?』
困惑する俺とリスナーを置き去りにして配信者はライブ配信をプツリと切った。
俺は自分の体を取り戻した後、急いで家に帰った。すれ違い様に大家は『まともに働け』などと怒鳴ってきたがそれどころではない。
開きっぱなしの玄関ドアを見ると、本当に一千万円もの大金がテーブルに積まれていた。
「まじかよ……」
しばらく待ってみても配信者からの連絡はなかった。あのメモには『あなたに差し上げます』とだけ書いてあった。
そして一年後――。
俺はテレビのニュースで取り上げられることになった。あの配信者の動画が有名になり、俺が贈与税を支払っていないことを税務署が知ったのだ。
無申告加算税に延滞税も加わり、一千万円を使い切った俺には到底払いきれるものではなかった。
氏名や顔写真は放送されなかったものの、あの動画を見れば一目瞭然だ。配信者は今回、炎上したことに対して『悪気はなかった』『人助けだと思っていた』と釈明し、俺の無知が世間に責められることになった。
俺は今もレンタルボディで体を貸し出している。税金の支払いは待ってくれないのだ。
例の事件で、ルールが厳格化し今まで見えていなかったシェアボディの問題点も浮き彫りになった。もう住所が特定されることはない。
前と違うのは、俺も何だかんだネットの有名人になったことだ。
今では俺の体をバカどもが取り合っている。
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