第2話
事故の後、俺の乗った電車は近くの駅に停車したまま動かなくなった。
それだけでなく、駅に着いたにも関わらず電車の扉は開かず、俺達は車内に閉じこめられたまま。
アナウンスによると、二時間は止まっているそうだ。
間の悪いことに、その駅には振替輸送に使えるような他の鉄道やバス路線はない。
とんだ災難だ。
死んだ奴にどんな事情があったかなんて知ったこっちゃないが、俺に迷惑かけやがって……死にやがれ!
あ……すでに死んでいたのか。
じゃあ地獄に墜ちろ。
と、内心で死者を罵っていても仕方ないな。
とりあえず、人身事故で電車が止められて遅刻する旨を会社に電話してから、俺は窓の外に目を向けた。
ちょうど一人の駅員が歩いてくる姿が目に入る。
俺は窓を開いて駅員を呼び止めた。
「おい! いつまで止めているんだ? 人間がぶつかっただけなら、電車は壊れていないのだろう! さっさと動かせ!」
「申し訳ありません。車体に着いた……その……汚れを落とさなければなりませんので……」
駅員は『汚れ』と言っているが、車体にこびりついた死体の肉片とか血のことだろう。
「そんな事は、俺たちを送り届けた後でやればいいだろう! 電車が壊れていないのなら、さっさと動かせ!」
「申し訳ありません。実は運転手がショックを受けておりまして、運転ができる状態ではありません」
死体を見たぐらいでヤワな奴だ。
「今、代わりの運転手が到着しますので……」
「分かった。運転手が到着したら、動くのだな」
「それが……警察の検分が終わらない事には……」
「なんだと?」
「犠牲者の身元を、特定できる物を探さなければなりませんし……」
「そんなの俺達に関係あるか! どこの誰だか知らないが、電車に飛び込み自殺した奴の事なんか……」
いや、待てよ。特定は必要だな。
「おい! 特定したら名前は公表するのだろうな?」
「いえ。犠牲者の名前を公表する事は……」
「何が犠牲者だ! こいつは犠牲者じゃない! 自分から電車に飛び込んだテロリストだ! 名前を公表しろ!」
「それはできません」
「なぜ、できない!? こいつのテロで電車を止められて、俺達がどれだけ迷惑したと思っているんだ!? 公表しろ!」
「できません」
「そうか。できないというのか。なら、遺族から賠償金は取り立てるのだろうな?」
「それは……そういう事もあります」
「ありますじゃなくて、必ずやれよ! おまえらだって、余計な仕事させられて迷惑しているんだろう!」
「それは……」
その時、俺の横から一人の女が割り込んで来た。
見ると、さっきスマホを操作していた女。
女は俺の横から顔を出して、駅員に呼びかけた。
「駅員さん。扉開けてよ。さっきからお手洗いに行きたいのですけど……」
「申し訳ありません。今から、それをやるところだったのですが、この方に呼び止められまして……」
え? 『この方』って誰だ?
俺の事? 違うよな?
いや、やはり俺のようだ。
女は俺を指さす。
「こんなおっさんの事は放っておいて、早く扉を開けて」
おい! こんなおっさんとはなんだ!
と、言おうとしたが、先に女が俺を睨みつけてきた。
「おじさん! 余計な事しないでよ! 扉が開かなかったのは、あんたのせいだったのね!」
「いや……俺のせいじゃない。駅員がちゃんと説明していればだな……」
「説明なら、十分にあったでしょ。この電車は事故でしばらく動けないのよ! それ以上に、何の説明が必要なのよ!」
「それはだな……」
「あんたはただ、駅員さんをイジメて鬱憤を晴らしたかっただけでしょ! そのせいで、あたしが漏らしたらどうしてくれるのよ」
おいおい……若い女が『漏らしたら』とか言うのは……
ん?
「君。扉が開いているぞ。便所に行かなくていいのか?」
「きゃあ! 漏れちゃう! 漏れちゃう!」
女は慌てて電車から出て行く。
しかし、とんでもない女だ。
俺に文句を言って、鬱憤を晴らしたかったのだな。
ああ言うのをクレーマーと言うのか。
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