人身事故

津嶋朋靖

第1話

 突然の大きな物音で俺が目を覚ましたのは、会社に出勤するために乗っていた始発電車の中での事だった。


 せっかく始発駅で端っこの良い席を確保し、気持ちよく熟睡していたというのに……なんなんだ? この音は?


 最初にドン! という大きな音がした後、ガシャ! ガシャ! っと、何か薄っぺらい金属板を潰すような音がしばらくの間続いていた。


 車体の揺れもやや大きい。何か異常事態があったのは間違えない。


 車内を見回すと、同じ車両に十人ほどの客がいたが、みんな俺同様に何が起きたのか分からないといった顔をしていた。


「何があったんだ?」

「なんなのこの音は?」

「怖い!」


 このように叫んでいるのは数人だけで、ほとんどの乗客は黙って事態が治まるのを待っている。


 ふと、横を見ると二十歳ぐらいの若い女が、スマホを打ち続けていた。


 どっかのサイトに、この事態を投稿しているのだろうか?


 ほどなくして車内放送があり、人身事故があったという事が分かった。


 一時は脱線転覆するのではないかと心配したが、人身事故ならその心配はない。ぶつかったのがトラックとかだったら、こっちも無事では済まないだろうが、数十トンの金属塊と人体では勝負にならない。


 車内にいる俺に危険はない。


 だと言うのに……


「可哀想にねえ……」

「電車にぶつかったのでは、一溜まりもないだろうに……」


 他の乗客の声が耳に入ってきて、だんだん俺はムカムカしてきた。


 どこの誰ともしれない馬の骨が死んだところでなんだって言うんだ。


 俺にはなんの関係もない。


 俺だけじゃない。車両内にいるこいつらだって何の関係もないはず。


 その何の関わりもない奴のために、俺達の乗っている電車は足止めを食らっている。


 それなのに何が可哀想だ! 良い人ぶりやがって……


 まあ、これが本当に事故だというなら、少しは同情の余地もあるだろうが、この鉄道で起きる所謂「人身事故」とやらは、すべて飛び込み自殺だ。


 自分から勝手に電車に体当たりしてきたバカに、なぜ同情しなきゃならん。


 電車に飛び込む奴なんて自爆テロも同然だ。


 どうせ、死ぬ前に少しでも世の中に嫌がらせでもしてやろうと思ってやったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る