詫び助

詫び助


 寒い時代がありまして、小春日和といったところでしょうか、故郷はいつも秋です。

手なぐさみに私の故郷の話をしましょうか。

私の故郷にはおかしな風習がありまして、謝り屋というものがおりました。

詫び助と申しまして、何か村でいさかいが起きた時に双方が頼んだ時に馳せ参じる訳です。

今では調停と言いますか、少し変わったとりなしの仕方でございました。

まず、訳を聞いて、それを書にしたため、一昼夜考えます。

私の代では左平さへいという翁でした。

代々世襲制でございまして、その息子も、孫も詫び助になったと聞いております。

何しろ時代から取り残された村でございましたから、わだかまりは残しておかないのが村の存続にもつながるわけです。

とりわけ、長い詫び助の歴史でも左平は腕ききと聞いておりました。

さて、詫び助がみすぼらしい平屋から出て来るのをいさかいの双方は門戸を開けて待っとるわけです。

詫び助が片方の家に着くと、皆物珍しさ見たさに覗くものです。

詫び助は如何にも反省しきりという体で顔も見ずに地べたに手を付き足を付き土下座をします。

その姿がかわずに似ているものですから子供たちはよう笑っておりました。

左平は土下座をするなり長い長い口上を垂れます。

それをふんぞり返って見ておるわけです。

要所要所を突いており、俄にしかめ面は和らぎ、「どうぞお顔をお上げなさい」となるわけです。

それでもかすかに頭を動かすだけで左平はじっと堪えておりました。

困って、茶でも出そうかという風になった時に、「よしなに・・」と預けられた荷物を解くのも絶妙でした。

それは貧しい村ですから、預けられた代物と言っても大したことはございません。

しかし、それを受け取るわけにもいかず、「どうか、お収め下さい」と引き取られた際、「左様なら・・」と受け取るのが詫び助の報酬となるわけです。

そのタイミングも絶妙でした。

人の気持ちも害さず、晴れ晴れとした顔をしているのを私も何度か見た事があります。

左平はその間も一時たりとも顔を上げず、平身低頭を貫いておりました。

やっと顔を上げるやいなや、人の誠意とは伝わるものです、行李から出された褒美を受け取らず、背中を見せる事なく、その家を出るのです。

片方の家でも全く同じです。

詫び助の家柄は質実剛健でした。

詫び助という職業柄、村の誰よりも簡素な家に住み、服装もまた質素でした。

村の一番下に住み、川の水を飲み、人目を忍ぶように暮らしておりました。

私も血気さかんな若者でしたから、どうしてこんなみじめな身分に成り下がっているのか不思議でなりませんでした。

ただ、村のしきたりですから誰彼ともなく聞くのは野暮でした。

選んだことなのか、選ばされたことなのかそれだけでも確かめたいと私は策を練りました。

年若い者が考えるのは軽薄なことでございます。

わざといさかいを起こしてやろうと考えたのです。

左平が訪ねても、私は絶対に許しません。

とうとう音を上げた左平に聞き出そうと思ったのであります。

はて、と思ってもいさかいの種が見つかりません。

ならば詫び助の家といさかいを起こしたらどうかと考えました。

詫び助の家には子供が生まれたばかりでありました。

左平の孫に当たるわけです。

いくら詫び助としても子を馬鹿にされたら黙ってはいられまいと思ったのであります。

今思えば、私は詫び助が気に入らなかったのかも知れません。

左平の家を訪ね、左平の子に因縁をつけ、その子の子に唾でも吐きかけてやればどうかと思ったのであります。

酒に酔ったフリでもしていればいいだろう、と。

さてと、ここで筆を置きますか。

思い出すのも嫌なのです。

確かに私は左平の家でいちゃもんをつけました。左平は怒るどころか日本刀を取り出して自害しようとしたのです。

私は慌てふためき平謝りに謝りました。

無念、と左平は言いました。

人には二通りの思い出があると思うのです。覚えておきたくない思い出と忘れたくない思い出。

どうしてもこれだけは片をつけたい思い出があります。

あの時、左平はどうして無念と言ったのか。

思い出巡りをすると決まって、心を脱け出してあの時の情景が目に浮かびます。

きっとそれは目の裏に焼き付いたのか、あるいは魚の骨のように心に刺さったままなのでしょう。

左平の爪が大変に汚れていたのが思い出されます。

爪の垢でも煎じて飲めば良かったのでしょうか。

私の村ではそれはそれは珍重されたものでした。

何の因果か、私の両親と左平との墓は隣り合って建っております。

積んである石ころは私自身です。

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