第三十九話 これはアトラクションです。*事故ではありません

「ありがとうございましたー!」


 明るい女性店員さんに見送られ、さっそく装備隠れ蓑を装着しようとした。


「ええと、なんだこれ……どう付けるんだ」

「貸してください、こうですよ」


 カチューシャにキャラクターの耳が付いている。

 やり方がよくわからなかったので、風花の指示通りにしゃがみ込み、パチンっと頭に止めてもらった。

 今泉式――ゾウさんに大変身!


「可愛い、可愛いです!」

「本当か? イケてるか?」

「イケてます! でも、その言葉は古くてイケてないです!」

「あ、はい。ごめんなさい」


 まさかのカウンターパンチに肩を落としつつ、次は風花が帽子型の耳を装着する。

 ウサギみたいなぴょんとした耳で、俺よりも何倍も可愛い。


「可愛い……」

「えへへ、ほんとですか?」


 可愛い風花を見るとマネージャー心がくすぐられてしまう。撮影したい、SNS載せたい。

 ファンが――喜ぶ。


 いや、でも今日は完全なプライベートだ。

 そんなことは許され……いや。


「なあ、風花」

「はい?」

「一緒に撮らないか? その……思い出として」

「……いいんですか? 前はあれほど恥ずかしがっていたのに」

「ぐ……じゃあやめて――」

「うふふ、いじわるしました。撮りましょ! 嬉しいです!」


 風花のスマホで何度か撮影、見返すと俺は思っていたより何倍も笑顔だった。

 ちょっと恥ずかしいな……。


 とはいえ、周囲は大勢の幸せで溢れている。

 夢の国とはよくいったものだと思うほど、みんなが笑顔だ。


「式さん、まずはどこ行きます?」

「そうだな。最初だしまったり系のほうがいいか」


 パンフレットを二人で見ながら比較的緩い感じのアトラクションを探す。

 ……風花の距離が何とも近い。


 ずっと俺の服の袖を掴んでいるので仕方ないかもしれないが、それにしても近い。


「だったらこの森クルーズってのはどうですか? 船に乗ってーって書いてるからまったり系かも」


 もし俺と風花が同じ歳だったら……これって完全にデートだよな。

 どんな些細なことにも喜んでくれるし、絶対楽しいよな……。


「式さーん?」

「え? あ、ああ。ごめん、それにしよう」

「絶対聞いてませんでしたよね。私、なんて言いました?」

「え、ええと、……ぶひぶひレーシングに行くんだろ?」

「一人で行ってらっしゃいです」

「ご、ごめん……!」

「うふふ、許してあげます」


 いかんいかん、せっかく二人でいるんだ。

 自分の世界に入るのは気を付けよう。


 ◇


「それでは出発します! 森には多くの危険があるので、気を付けてください!」


 軽快な口調の船長が、俺たち乗客を乗せて出発した。

 船の店員はおよそ二十名ほど。


 このアトラクションは動物の生態系を眺めるものらしい。


「はじまりましたね」

「ああ、ワクワクだな」


 小声で囁くように風花はバートの外を眺めながら言った。

 俺もドキが胸胸している。


 初めに現れたのは小さな動物たちだった。

 本物そっくりで、忙しくなく動いて俺たちを人間を見て驚いている。


 ギミックも多彩で、口を開けたり、なんだったら水をかけてくるやつもいる。


「わわ、リスさんにおこられたー」

「はは、俺たちは侵入者だからな」


 ぴちゃっと水をかけられた風花が、小さな悲鳴を漏らす。

 そして中盤あたりに差し掛かったと思われたとき、様子が一変した。


「なんだって!? なに!? 襲われた!?」


 突然、船長がトランシーバーで連絡をとって叫びはじめた。

 どうやらこの先で何かがあったらしい。


「し、式さんトラブルですかね……?」

「え? あ、ああそうだな」

「どうしよう……襲われたって、前の船がってことでしょうか?」

「そんな感じだな。沈没とか言ってなかったか?」

「嘘……」


 どうみても演出なのはわかっているが、風花にはわからないらしい。

 ちょっとおもしろいのでそのままにしておこうと思っていたら、思い切りしがみついてくる。


「怖いのか?」

「怖いです……」


 少し意地悪かなと思ったが、これもアトラクションの醍醐味かもしれないなと思いつつちょっとだけ様子見。

 すると大きなワニが突然現れ、俺たちの船にかぶりと食いつく。


 船は大きく揺れて、船長が騒ぎ立てる。


「式さあああああああああん」

「まずいぞ、このままでは船が!」

「え、えええ!?」


 何とも純粋だ。

 未だかつてここまで純粋な時代ときが俺にあっただろうか。


 アトラクションは最高潮を迎えつつ、船長が偽物の銃で撃退。

 乗客含む風花がホッとしつつ、ようやくゴールが見えてきた。


「ふう、助かったな」

「はい……もう心臓が止まるかと思いました」


 しかし最後の最後で、ワニの悪あがき攻撃があった。

 水飛沫が凄まじく、風花に襲いかかる。


「風花っ」

「え!?」


 そのとき、風邪を引いたりしたら後日の撮影に支障が! という考えが浮かび覆いかぶさるように庇う。

 おかげで守ることができたが、とんでもなくびちょびちょになってしまった。


 乗客からも笑いが起きてしまい、目立ってしまって逆に申し訳なくなる。


「すまん、風花」


 小声で訊ねるも、風花の返事がなかった。

 どこかぼんやりとして、耳が赤いような。


「……あ、ありがとうございます」

「どうした? もしかしてどこか当たったか?」

「いえ、嬉しかったんです。――すごく」


 よくわからないが、とにかく大丈夫みたいだ。

 ホッと胸を撫でおろしていると、アトラクションが終わった。


 ボートの停留場で降ろされた俺たちは、笑顔で退散していく。


 だが――。


「ワニ凄かったな。――ってあれ?」


 気づいたら風花がいなかった。

 ふと横に目をやると店員に声をかけている。


「すみません、さっきのワニですが警察に連絡しませんか? それか消防でしょうか? あ、海上保安庁に連絡入れますね!」

「け、警察!? 消防!? 海上保安庁!?」


 ……そういえば、もの凄く天然ってプロフィールにも書いてたな。

 うすうす気づいていたが、まさかここまでとは……。

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