第三十七話 マネージャーの終わりは突然に

「おやすみなさい、式さん!」

「ああ、おやすみ」


 いつものように仕事を終えて風花を家まで送り届けた。

 一人きりの車内、この時間が一番考え事が多くなる。


「もうすぐか……」


 信号待ち、窓を開けると肌寒くなっていた。


 来月、山本さんが育休から戻ってくる。


 つまり俺と風花の関係が終わりを告げるのだ。


 もちろん、それはわかっていた。

 以前は一度だけそれを許された。だが、そんなことは何度も起こらない。


 マネージャー業務はあくまでも代理、更に言えば俺は会社の一部だ。

 転勤を命じられればほとんど断ることが出来ないように、俺はまた元の仕事に戻らなきゃならない。


「けどなあ……はあ」


 ……さみしい。

 今までこんな気持ちになったことはない。


 風花と出会って仕事にやりがいを感じる日々が増えていた。


「最後まで足掻いてみるか我……」


 そうして俺は進路を変えて、再び会社へと車を走らせるのだった。


 ◇


「気持ちはわかるけど、こればっかりは難しいわ」


 職場に戻って小松原さんに掛け合ってみたが、やはり難しいとのことだった。

 大きな理由の一つとして、俺のマネージャー歴が浅いということだ。


 安藤風花はうちの看板タレントで、ベテランの山本さんが戻ってきたら交代するのは至極当然なこと。


 俺が当事者でなければ当たり前だとしか思えない。


「……にしても、あなた達の気持ちは同じなのね」

「おなじ? どういうことですか?」

「昨日、風花ちゃんからも直談判されたのよ。あなたをマネージャーとして続けさせてほしいってね。それも彼女らしくないほど必死にね」

「風花が……?」


 初耳だ。今日も一緒に仕事をしていたが、そんなことは言われていない。

 いつもと変わらない笑顔で素振りすらなかった。


「ちゃんと私も掛け合って見たわ。でも、上の決定は覆せなかった」

「そうですか……」

「ちなみにいうと山本さんもそれを知って辞退しようとした。もちろん結果は同じ」

「そんなことが……」


 浅はかだった。

 何も知らなかったのは俺だけだ。

 風花も、山本さんも裏でそんなことをしてくれていたとは……。


 しかしこれはつまり、もう決定は覆られない事実ということでもある。


「あなたも大人だからわかると思うけど、社会は――」

「わかっています。どうして俺がマネージャーを続けられないのかも全部」


 すると小松原さんは、「そう」と悲し気に相槌を打った。


「具体的に日付は決まったんですか?」

「……来月の三日。連続ドラマの初め理に合わせてってことになったわ、あなたには来週伝える予定だった。ちなみに風花ちゃんは知ってるわよ」

「……わかりました。だったら、俺ができることは”今”はもうないですね」

「気休めにしかならないと思うけど、あなたの評判は各局でも素晴らしい。もちろん、うちの会社でもね」

「ありがとうございます。お話出来て良かったです。スッキリしました」

「ごめんね……」

「いえ、本当にありがとうございました」


 去り際、小松原さんの寂し気な顔が、一番心に突き刺さった。


 ◇


 翌日、風花を迎えにいって局に到着したあと、気持ちを伝えようと思った。

 今までの感謝を、お別れをだ。


「風花、今まで――」

「今じゃないです」


 けれども、風花は言葉を遮った。

 なぜか俺が言おうとしていた言葉をわかっているかのように。


「まだ早いです……」

「そうか……」


 それから風花はゆっくりと言葉を紡いだ。


「式さん、来週の日曜日、空いてますか?」

「来週? 何かあるのか?」

「教えてください。空いてますか?」

 

 いつもと違って少し強引に訊ねてくる。

 スケジュールを確認してみると、予定はなかった。

 

「空いてるよ」

「式さんが何を考えているのか、何を言いたいのかなんとなくわかっています」

「……そうか」

「だからこそ最後に私とデートしてもらえませんか? これは仕事じゃなくて。プライベートです」

「プライベートって……」

 

 今まで何度も風花と遊んだり、出かけたりはした。

 でも、それは仕事の延長線上だ。


 風花もわかっているのでここまでハッキリと明言したことはない。


「お願いします」

 

 彼女が俺を見つめる瞳は真剣そのものだ。

 来月からドラマの撮影が始まって、映画に音楽、例え職場が同じでも、俺とゆっくり話せる機会は減っていくだろう。


 だからこそ……か。


「美咲さ――」

「母には伝えています」


 そうか、なら……答えは……一つだな。


「帽子と眼鏡だけは頼むぞ」

「……いいんですか?」

「ああ、俺も風花と仕事抜きで遊びたいと思ってたからね」


 するとえへへと、彼女が笑う。俺も釣られて笑顔になった。


「嬉しいです。じゃあ、楽しみにしていますから! 二人で色々決めましょうね!」

「ああ、しっかりと対策も練らないとな」


 こうして俺たちは、最後の最後、プライベートで遊ぶ約束をしたのだった。



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